ビジネスコンサルタントでもある山崎将志さんの著書『残念な人の〜』シリーズが好きで、毎度楽しく読んでいる。「あーいるいる、こういうひと」「ていうか、自分じゃん!」などとひとりごちている。本屋さんでもよく売れているようだ。ビジネスの指南書ではあるけど、事例もいいし文章もうまいから、ビジネスマンでなくたって頭にすっと入ってくると思う。
最新版は『残念な人のお金の習慣』。まずタイトルがいい。
著者の言う「残念な人」とは、「能力もやる気もあるのに、結果が出ない人」のこと。一生懸命だし、まじめなのだ。でもなんか空回りしている。思い通りにいかない。だから不満やストレスが溜まる。負けじとさらに努力する。だが違う方向に。そんな人のことだ。
最近のマネー本は、とかく貯め方、増やし方に言及されがちだけど、この本では「稼ぎ方」についてしっかり紙面を割いているところがいい。具体的な方法についても記している。とかく人間は不安になると失うことばかりに恐怖し「節約・貯蓄系」に走りやすい。それはそれで生活防衛的には正しいが、防ぐだけではその人の人生も世の中も萎むいっぽうである。それになんだか老人っぽい。ぼくのいう「老人」は年齢は関係ない。これ以上稼ぐことを諦め、出費をどれだけ抑えるかしか生きる道がないと思い込んでいる人たちのことをいう。
考えてみれば、未曾有の不況などと大騒ぎしているが、いまのほうが「バブル時代」より1.5倍も貯蓄している。
【高度成長期、バブル期、現在の比較表】
出所:日銀「資産循環統計」より
バブルの頃は稼いでいたがそれ以上に使っていた。だから企業が儲かり給料も上がった。どうせ給料は上がるんだからと、人々は借りてでもお金を使った。「ゼイタクはステキだ」「消費バンザイ」の時代である。日本経済は大きくグルグル回る好循環。それが、いまは不安が先行し、いまよりももっと悪くなる未来のためにさらに出費を抑えている。モノは売れず、企業は儲からず、給料は上がらない。むしろ下がる。デフレスパイラル、悪循環だ。だから「ああ昔はよかった」なんてことになる。就職に困らなく、給料も年々上がったもんだと。そうでなかった人もずいぶんいたはずだが。
帰国したばかりのころ、久しぶりの日本を見て「未来をあきらめた人に限って、過去をあきらめきれない」という記事を書いたけど、この本にもそんなことが書かれていて共感した。バブル期を知らない20代の人に「いまがバブル時代だったらぼくだってチャンスがあったのに」などと言われ、ひっくり返りそうになったこともある。
著書には「稼いでいる人はあきらめがいい」とある。
常に自分は足りないと思っているからだ。過去と比べれば足りているけど、目標と比較したら足りない。目標は達成したら次の高い目標が設定されるからだ。永遠に足りない。そういうひとは過去を振り返らない。過去の成功事例など、将来の目標達成には何の関係もないからである。と著者は言う。
ぼく自身、かつて経営していた会社でパートナーに、銀行にあった会社運転資金をごっそり持ち逃げされたことがある。数千万円だ。従業員の給料も、仕入先への支払いもみなこれで賄うはずの資金だった。とうぜん訴訟を考えたが、結局やめた。裁判は何年もかかるし、そいつは行方をくらませている。たぶん国外だ。見つけるまで時間がかかるし、見つけ出したところで、とうに金は使い込んでいるだろう。それに(これが肝心なのだが)、過去の負の遺産を取り戻すことにこれから何年も時間や労力を費やすより、さっさとあきらめ、商売で金を作るほうが建設的だと思ったのだ。結局そのとおりになった。別の商売で資金を作り、借金を返すと、さっさとその会社を別の経営者に譲り、ぼくは次の人生のドアを叩いたのだ。
ぼくはべつに「稼いでいる人」ではないが、ささやかな自信のおかげであきらめることができ、あきらめたことでさらに自信がついた。これがひとまず成果である。
ぼくは決して「あのころはよかったなどと言わない」なんてことは言わない。よかった過去も確かにあったのだから。でもそのことで、いまがよくないとか、将来をあきらめるなんてことは、ない。70まで元気に楽しく働いて、そして死ぬのだ。歴史のうねりのほんの一瞬だけこの世に生きて、それを謳歌した。それでいいんじゃないかと思う。恋をしたり、知らない場所に行ったり、誰かのためになったり、誰かのお世話になったりしながら、きょうも元気に生きて、すこやかに眠る。
話がちょっとズレたけど、とにかくいい本です。
そうそう、特設ページに「残念な人診断」なんてのがあったのでやってみた。
うーむ、「感覚的なところがあって・・」の部分に納得。
さてあなたは何%でしょうか。
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