20世紀最後の一ヶ月だったと思う。
ぼくは無類のSPA好きという女の子に案内されるまま、ドイツはケルン郊外にある「ローマ風呂」へと車を走らせた。車を停めた先に見えたのは、白亜の大理石でできた施設。ぱっと見、博物館か何かのように思えたが、これが高級大衆浴場の『クラウディウス・テルメ』であった。
入り口で入場料というか入浴料を払うとコインロッカーのキーを渡される。部屋へ通され、服を脱ぎ、備え付けの白いバスローブをまとう。心地よい湯気の香りを追って構内に出れば、そこは巨大な温水プール。だが、ただの温水プールではないのは、そこでくつろぐ人たち誰もが一糸まとわぬ姿であったことだ。ヨーロッパの温泉は水着着用、という常識に逸脱している。老いた男もいれば、若い女もいる。老いた女もいれば、若い男もいる。ようするに混浴だ。
プールのお湯は体温よりやや低め。
じっとしているのももどかしく、皆と同じように平泳ぎで端から端まで移動してみる。目の前にすっぽんぽんの女性。しかも平泳ぎである。素っ裸の女の子が自分の前で平泳ぎする姿を見たのは、ささやかな人生のうち後にも先にもこのときだけだ。困ったことに、水は透明で、館内は明るいのだった。
プールはそのまま屋外につながっている。厚いビニールののれんをくぐると、細長く円にそって流れる湯けむりのプールになっていた。中心には丸い浴槽のジャグジーがみえ、男女何人かがそこではしゃいでいる。下から照らされるランプの光が白い裸体に不思議な模様を浮かばせ、まるで装飾されたオブジェのようだ。
まさにローマ帝国だ。とぼくは思った。
そこはさながら風呂のテーマパークである。大プール、ジャグジー、サウナ部屋、スチーム風呂・・。だれもが裸で、そこもあそこもなにも隠さない。これぞオープン、隠し事なしである。軽食や酒が飲めるカフェバーがあり、お揃いのバスローブを着た男女が歓談している。バスローブすらつけていない男女の姿もちらほら、みえる。アレもナニも、ちらちらみえる。オープン・カフェのあるべき姿である。
いやらしさはまったくない。エッチな気分にもならない。不思議なもので隠さないでいると、隠すことのほうがむしろイヤラシく思えてくる。どのパーツも人間の一部であり、それぞれパーツの集合体が人間なのだ。白いバーでウイスキーをちびちび舐め、なにに酔っているのかわからなくなった。
21世紀の自宅。入浴中。
すっかり忘れていたローマ風呂のことを思い出したのは、持ち込んだiPadに衝動ダウンロードしたばかりの『テルマエ・ロマエ』を読んでしまったからだ。マンガなんてもう読まないだろうなと思っていたけど、これはとても面白かった。作者のヤマザキマリ女史の視点に共感するのは、彼女もまた日本を長く離れた経験があるからだろうか。
▲ 長いときには1時間以上、こうやってます。ノートパソコン持ち込んで、ブログの記事を書いたことも!
『テルマエ・ロマエ』は、入浴中に読むと臨場感がさすがである。
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ちなみにこの混浴ローマ風呂のあるケルンは、フランス語読みでコロン。オーデコロンは「ケルンの水」の意味である。いまから約2000年前のローマ帝国時代はローマ軍宿営地であり、ゲルマニア州の一大拠点であった。ローマ人は風呂好きだったから、きっと「ローマ風呂」もあったはずだ。こんなふうに『クラウディウス・テルメ』はちゃんと歴史的根拠があるのだ。
当時から混浴だったかどうかは知らないが。
このクラウディウス・テルメ、まだあんのかな?と思い、ネットで調べたらちゃんとありました。写真で見る限り、ぼくが記憶している設備よりずっとキレイになっているようです。ただ、写っている人たちは、なんと水着を着用。撮影用だからなのか、裸が禁止になったのかは不明。ご存知のかた、教えてくれるとうれしいです。どううれしいのかは謎ですが。
追記:ちびきちのつぶやき
ダイカンヤマへさんぽにいったんだけど、すれちがうイヌの8ワリはぼくとおなじトイプーだったね。おまけに、どうたいにへんなキレとかひもとかつけられて、かわいそうだったね。とてもきゅうくつそうにみえたから。
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