飲みすぎた翌朝は迎え酒が効く。
などと信じるひとは、いまはほとんどいないに違いない。
むかし読んだ小説に「むかえ酒はね、ブラッディ・メアリーと決めてるの。」と女主人公のセリフに影響され、冷蔵庫にはトマトジュースが、ウオッカは冷凍庫できんきんに冷やしておき、毎朝作って飲んでいた。いま思えば恥ずかしい限りだけど、当時は真剣だったのだ。ちなみに、ウスターソースを少し垂らすとコクが出てうまい。
つねづねブラッディ・メアリーを飲みながら思うのは、なんでまたこんな名前をカクテルにつけたんだろう?という疑問である。名付け親はパリでバーデンダーをやっていた男。発祥は1921年とあるから、アールデコ最盛期である。のちにバーテンダーはニューヨークにあるホテルへ移り、このカクテルを提供し続け、人気を博すことになる。パリ生まれニューヨーク育ち、とはまたおしゃれでもある。
それにしても名前はいただけない。直訳すれば「血まみれのメアリー」。ドラキュラじゃあるまいし、飲み物に「血まみれ」はないだろう!と思う。いったいメアリーとは誰のことを言うのか?歴史を紐解けばこの異名、なんとイングランドの女王メアリー1世につけられたものだった。
16世紀半ばのイングランドはまだ二流国。37歳で即位したメアリー1世は、翌年スペイン王子のフェリペと結婚。強国の保護を受ける意図もあったが、かえって国民の反スペイン感情をあおることになり、民意が離れてしまう結果となる。イングランドは当時、メアリー1世の父親であるヘンリー8世によってプロテスタントが広く布教されていた。
フェリペはカソリック信者。そんな夫に冷たくされ、メアリー1世は嫌われまいと「イングランドはカソリックの国である」と宣言し、あろうことかプロテスタント教徒を迫害し始める。ついには300人ものプロテスタント教徒を火あぶりにし虐殺してしまう。血塗られたイングランドの歴史、血塗られた女王メアリー1世。あだ名は「ブラッディ・メアリー」というわけである。やがて即位後わずか5年で彼女は死去してしまう。王位はエリザベス1世へと継がれていった。
そんなあだ名をカクテルに使うのは、いくらトマトジュースが血の色と同じとはいえ、いささか趣味が悪すぎる。実際のところ、命名したバーテンダーは店の入っていたホテル(セントレジスニューヨーク、マイオット系列)側から注意を受け、一時期「レッドスナッパー」という名前でこのカクテルを出していた。レッドスナッパー。すなわち「鯛(たい)」である。なんかもっとマシな名前はなかったものかと思う。ふつうにウォッカトマトでよかったんじゃないか?
追記:
ブラッディ・メアリーはともかく、トマトジュース単体では二日酔いに効く。よくウコンに含まれる「クルクミン」やシジミに含まれる「オルニチン」が効くと言われるけれど、実はどちらも医学的根拠は不十分。ふつうに水を飲むほうがマシなくらいである。トマトジュースは血中アルコール濃度を薄める効果が、水の3割増し。酔い覚めが早くなる実感がある。
シジミよりもマシな水の3割マシ、ということで二日酔いにはウオッカ抜きのブラッディ・メアリー、つまりただのトマトジュースをお忘れなく。
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