コーカサスに行きたいと思ったのは1986年のことだ。
東ベルリン(このころはまだ東ドイツという国があったのだ)のライゼビューロー(国営旅行社)で、ドレスデンとライプツィヒに滞在するためのビザを申請していたとき、たまたまそこで売られていた美しいポストカードが目に留まった。
雪化粧をした高い山あいをバックに、手前の山の頂上に建つ古い教会。夕暮れに撮ったのか、写真全体が赤銅色に神々しく輝いている。はじめはスイスかオーストリアあたりだろうと思った。だがここは東ドイツのライゼビューロー。西側諸国の観光地など絶対に紹介しない。とすれば同じ共産国のどこかのはず。ぼくはカウンターを離れ、スタンドに飾られているそのカードを手にとった。裏面に、ロシア語で書かれた小さな文字。
再びカウンターへ戻り、ビザの手続きを対応をしてくれている無愛想な係のおばさんに「ここはどこか?」とポストカードを差し出しながら聞いた。めんどくさそうにおばさんは「カフカース」とだけ、言った。
ソビエト連邦に属す共和国のひとつ、グルジア共和国。ポストカードに写っている教会はそのグルジアとロシアの狭間にあると、あとで知った。なかなかめんどくさそうな場所である。外国人には開放されていない地域ということも、聞いた。そうなるとますます行きたくなるぼくの好奇心も、やはりめんどくさい。
だけどチャンスはことごとくやってこなかった。
そもそもコーカサス地方はロシアの火薬庫で、しょっちゅう戦争ばかりやっているのだ。テロ事件も多い。モスクワで爆弾テロが発生すれば、まずコーカサス出身者が疑われる。またはでっち上げられる。たいていはチェチェン人、それからグルジア人、タゲスタン人、アゼルバイジャン人・・・どの民族もロシア軍の戦車に蹂躙されている。一戦交え、多くの怨念と悲しみを抱えているのがコーカサスの国々である。ロシアとグルジアは4年前の北京オリンピックの開会式の最中にも大規模な交戦があった。いわゆる「グルジア紛争」。紛争とはいえ、戦争そのものであった。
5000m級のコーカサス山脈。
あの写真で見た教会はそんな場所にある。それを直接この目で見て、触れる寸前まで来たのだと思うと、なかなか感慨深いものがある。
いま、モスクワの空港ラウンジでこれを書いています。2年前ここを訪れ、去った数週間後、異常気象による森林火災でモスクワは煙に覆われ、翌年のはじめには空港で爆弾テロが発生。36人の方がなくなり、150人もの方が重軽傷を負いました。ロビーで流れているテレビでも「爆弾に注意しよう」みたいな政府広報が流れてたりして、ドキッとします。
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