「なんでASEANが発展したか知ってる?」
質問したのは許さん(香港人)。資産家で労働しなくても暮らせる身分だ。かつて一緒にビジネスをしていたこともある。そりゃもともと勤勉で安い労働力の上に、しばらく内戦や政変がおきていないからだろう、と答えるぼく。少しなにかが引っかかったが、まあ間違ってはいないはずだ。
「エアコンが普及したからだよ」と許さんはいう。
80年代終わり、少しの間ぼくはフィリピンのセブ島に駐在していた。青い空に白い砂浜。南国の島のイメージそのままで、昼間は暑くて仕事にならない。熱気であたまがポワアンとしてくる。オフィスにはエアコンはあるが、停電でしょっちゅう止まっていた。だから主要なビルには発電機が備え付けられていて、それを回してエアコンを稼働した。するとこんどは発電機の音がうるさくて仕事にならない。フィリピン人、とくに男は働かなかったが、それは暑かったせいもある。スタッフの中には明らかに涼みにオフィスに顔を出す者もいた。ぼくのいた当時、フィリピンは軍事クーデターが勃発し内戦状態。セブ島でもゲリラと政府軍による戦闘があった。日本のみんなは心配してくれたが、現地はのんびりしたものだった。彼らはお互い戦闘する場所をあらかじめ決めていたし、昼間は暑くて休戦していた。特定の時間と場所を避ければ安全だったのだ。
2000年以後、香港で暮らすようになってからは頻繁にASEAN諸国にも出入りするようになった。久しぶりにマニラとセブに行って驚いたのは、普通の家にエアコンが付いていたことだった。もっと驚いたのは、こんなにエアコンが付いているのに停電していなかったことである。昼間からサボっている男たちの姿も減った気がする。空港のまわりにたむろして、出てきた観光客に小銭をせびる人たちも見当たらない。変わったなあ、という気がした。
経済発展とエアコンの普及に相関関係があるのは、言われてみれば明らかだった。あの暴力的な熱射とうだるような湿気にさらされるくらいだったら、働くより木陰で昼寝をしていたくなる。辛い料理が好まれるのも、暑さで失う食欲をふたたび喚起させるため。エアコンなかりせば労働意欲だって湧かない。できれば涼しい場所がほしい。家に帰ってもどうせ暑いから、涼しいオフィスで残業していたほうがマシだ。そう考える人がいたっておかしくない。
ただし、エアコンが効きすぎて今度は寒すぎたのもASEAN。
やることが極端である。現地の日系企業ではエアコンのスイッチをめぐって死闘がはじまる。寒すぎるので日本人スタッフがエアコンを切る、すぐさま現地スタッフが立ち上がってエアコンを付ける。日本人ふたたび切る。現地人ふたたび付ける。根負けし、郷に従う日本人スタッフはひざ掛けと羽織るものが欠かせない。だがそれでいいのだ。亜熱帯の国でもスーツや秋冬物が売れるのだから。
とはいえさすがに自律神経がやられ始め、健康志向も相まれば、さすがにこれらの国もエアコンを冷やし過ぎないよう制限し始めた。冷蔵庫のように冷やせば雑菌も湧かない、という伝説も瓦解し始めた。それでダイキンのインバータエアコンが売れている。さらに経済発展することだろうと思う。昨年末、ASEANはAEC(アセアン経済共同体)へと進化した。
あとはトイレだ。
シャワートイレの普及が待ち遠しい。
実現するころ、AECのGDPは日本のそれを超えているに違いない。
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