アトラス山脈は偉大である。
2000メートル級の山脈が北アフリカ地域に鎮座するおかげで、モロッコなどマグリブ3国は、サハラ砂漠からの乾いた熱風を遮り、地中海からの湿気をしっかり受け止め、あたり一面に降雨をもたらしてくれる。野菜をたっぷり使ったモロッコ料理は、体にも目にも優しい。そしてとてもみずみずしい。アトラスの恵みだなあと思う。
メクネスを正午に出発したタンジェ行きの長距離バスに乗り、北路シェフシャウエンを目指す。車窓に流れる山間の稜線を目で追い、白い雲を眺めた。いくつもの山を越え、数え切れないほどの羊とロバとすれ違ううちに、5時間後バスはシェフシャウエンに到着する。バスの乗客はほとんど降りない。彼らは観光客ではないのだ。
長距離バスの停留所からシェフシャウエンまでは乗り合いタクシーで移動した。ホテルのあるメディナへは、そこからタクシーを乗り換える必要がある。降りた瞬間、軽い興奮が全身を包む。あの青は本物だったからだ。
世界にカスバはいったいいくつあるんだろう?
ぼくは正確な数を知らないが、世界でもっとも青いカスバならここにちがいない。どうして青く塗ったのだろう? 諸説ある。伝染病がまん延したから。青いと涼しく見えるから。入植したユダヤ教の色だから・・ときりがない。白い壁と青い窓枠というのなら、ギリシャやチュニジアなど、世界にいたるところある。「壁まで青くした」ということで、今もこうして世界から観光客を集めている。
カスバには、バンと一緒に塗料を売る店もあった。年に一度はお色直しをするためだろう。粉を水で溶き、刷毛で塗るのだ。青色と言ってもいろんな青色がある。塗料には青のほか緑や黄色、オレンジやピンク色もあった。ピンク色?
うだるほどの日差しの強い時間帯に、青い壁の建物に囲まれるととても涼しい。錯覚かもしれないと目を閉じるが、やっぱり涼しい。色による冷涼感はたしかにあるのだ。しばらく歩いていると、ソーダ水で満たされたプールの底を歩いているような気になる。ふわふわと、まるで水の中を漂っている気分になる。これがめっぽう楽しい。いつまでも漂っていたくなるほどに。
朝は夜が明ける前に宿を出て付近を散歩する。
ゴツゴツした岩肌を持つ山が背後にあり、そこを登って街を見下ろしながら朝日が昇ってくるのを待つ。しばらく街を眺めてから山を下り、開いたばかりのカフェでパンケーキとミルクコーヒーの朝食をとる。午後はホテルのガーデンテラスで、猫と昼寝をした。
ガーデンにはいたるところに猫がいて、そのうち一匹がそばにやってきてぱたんと横になり、そのまま眠ってしまった。つられてぼくも眠ってしまう。あたりは誰もおらず、世界から隔離されていた。
まどろみの中で、近くの小学校から子供たちのはしゃぐ声が聞こえ、小鳥がいたるところで囀っている。どこかでトンカチを打つ音が聞こえ、山肌に繋がれたロバがとんでもないヘンな声を上げている。
やがてコーランがスピーカーから流れ出し、その声に叩き起こされる。いっしょに起きた猫と一緒に伸びをする。太陽が少しだけ傾いていた。からだを起こし、部屋に戻ってシャワーを浴びる。それから身支度を整え、外に出た。
青いカスバは消えずにまだあった。
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