世の中、ブラック企業が増えましたね。と後輩が言う。
そうだなあと曖昧に答えながら、増えたんだろうか?と実は懐疑的である。そもそも「ブラック企業」という単語自体がぼくには新しい。どちらかといえば古い方の人間である。だからか、社員の自由を奪い、社員の権利を侵害し、社員の人格を否定する会社というのは、いまより昔のほうが多い記憶がある。増えたような気になるのは、パワハラ、セクハラ、コンプライアンスの概念により企業側や先輩社員に厳しい目が向けられるようになったからである。
ブラック企業という言葉を聞くようになったのは、リーマンショック前後である。書籍『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』が出版され、翌2009年に映画化された。流行語大賞をとったのはさらに後で2013年のこと。いまじゃ「ブラック企業大賞」なんてのもある。偏差値を付け、順位を発表したりしている。増えたか減ったかというよりは、言葉が先行しているという印象がある。
ブラック企業が増えた気がするのは、不況のせいもある。不況により企業が儲からないから、固定費を抑えるために、被正規従業員の割合を増やす。従業員は従業員で、辞めたくても辞められない。いまより条件の良い会社への再就職が困難だからだ。だから嫌でも会社を辞められない。割りを食うのは若い人たちだ。ローテーションが詰まり昇給ポストが空かない。給料は上がらないのに、税金や社会保障費は上昇し、可処分所得が減る。給料がもらえるだけありがたいじゃないかと自らを説得し、現状に甘んじる。雇用流動性が失われ、企業側から見れば、より優秀な人材を採用する機会を失する。なかなか浮かばれない構図である。雇うほうも雇われるほうも。
アベノミクスはいろんな課題を抱えてはいるが、雇用関連については好調にみえる。
■ 有効求人倍率の推移(1975 – 2014)
失業率が低下し、有効求人倍率はバブル期以後、もっとも上がった。2014年時点で1.17倍、都心に限れば1.5倍を超える。2014年に消費増税をしなければもっと改善していただろう。求人が増えれば、失業者が減り、転職しやすくなる。企業側も、優秀な社員が辞めてしまわないよう、従業員の待遇を改善せざるを得なくなる。
いっぽうで多くを会社に求め、自分の意にそぐわないからと、自分の勤める会社を「この会社はブラック企業である」とネットで拡散する人もいる。会社や上司から下される目標やミッションが果たせないことを棚に上げ、理不尽であると訴える。人間は弱い生き物である。目標を達成できない自分が悪いのではなく、こんな目標を出してくる会社が悪い、ブラックだ!と立場を反転させてしまうのだ。自分に正統性を認めさせるには、相手を咎めるしかない。
不満のはけ口として「ブラック企業」を叫ぶ。それがネットで拡散していくうちに、あれもこれもと雪だるま式にいつの間にか既成事実化することもあるのではないか。ネットはとかくネガティブな意見の拡散には威力を発揮する。それがめぐりめぐって冒頭の「ブラック企業が増えましたね」などと会話に上がってくるのだ。だが本当に増えているのだろうか? 下図は各国の年間実労働時間の推移である。かつて「働き蜂」と揶揄されていた日本は、欧米に近くなり、2000年以後はアメリカよりも短い。もっともブラック企業は残業時間なんてカウントしていないだろうけれど、全体的に個人の自由時間は増えているとみていい。
もちろん不正は是正されなければならない。
そんなことは書くまでもないが「ブラック企業のうわさ」に対しては、跳ねるボールのようにすぐに反応したりせず、少し自分の良識に照らしてみたい。その上で、ホワイト企業と呼ばれている会社を、同じ良識で疑ってみるのもいい。
企業は人なりというのは本当だ。
あなたもそのひとりである。