今年の抱負で「集めない」と決めたのに
あいかわらずやめられないのがヘッドフォンである。
いったいいくつ耳があると思ってるんだ!と自分を叱責したくなるほど、部屋に無数のヘッドフォンが転がっている。買ってきたヘッドフォンをしばらく使っているとある日とつぜん耳に合わなくなる。するともう耳がムズムズして、受け付けなくなるのだ。
ふだん通勤や町歩きで使うのは、俗にイヤフォンと呼ばれる軽くてかさばらないインナータイプのもの。たいていブルートゥース規格のワイヤレス仕様である。バッテリーが切れたら聞こえなくなるシロモノだ。音切れだってある。不便だが、それ以上にコード付きのものが耐えられない。もつれたり、ひっかかったり、ちぎれたり。
集めている、というよりは、買い換えてるといったかんじだ。もしかしたらぼくの耳は、日々形を変えているのかもしれない。それにあわせてイヤフォンを取り替えているといった感じだ。不思議なものである。見た目はちっとも変わらないのに。
長時間じっとしていることが可能な場所なら、両耳にあてるステレオフォンタイプのものを使っている。夏は暑くて蒸れるのが欠点だが、涼しい屋内や機内なら、オールシーズン使える。長時間のフライトのことも考えてノイズキャンセリング機能付き。もちろんワイヤレスである。
いろいろ試して、これにした。ぼくにしては高い買い物だったけれど、つけ心地もデザインも音質もすばらしい。耳から外すと一時停止し、つけるとまた鳴り始めるというギミックも効いている。操作もスイッチでなく耳あて部分を指でなでたり、トンと叩くだけだ。フランスメーカーだけにデザインも洒落ている。プラスチックが使われていないのもいい。そのぶん重いが、意外と負担が少ない。絶妙な装着感と素材のたまものである。マイクもついているから、しようと思えば通話もできる。しないけど。
▲ Parrot Zik これまで手にとったどのヘッドフォンより美しい
▲ 耳あて部分がコントローラー。左右上下にさすったり、トンとたたいたり。
だがどんなに最先端で高品質なヘッドフォンであろうとも、小学6年生のときに初めて着けたヘッドフォンから流れた音の感動を超えることはないだろう。この先一生ない、と思う。左右の耳に流れてきた音のせいで、とつぜん大ホールのライブ演奏場所にふっとばされたような気分がした。ただの再生音楽にこんなにも立体感や奥行きがあるなんて、びっくりである。まあ、そもそもぼくにとってステレオ再生音楽そのものが初体験だったということもあるのだけど。
ちなみにそのとき聞いたのは布施明の『シクラメンのかほり』。渋い小学生でした。
▲ デザインがApple製品ともしっくり合う
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