1週間ぶんの予算で1ヶ月過ごせる都市
タイ第二の都市、チェンマイ。
「第二の」というのは人口ではなく、たぶん2番目に有名だからだろうと推測する。チェンマイの人口は約24万人。これより人口が多い都市はバンコク以外に3つもある。ちなみにタイで二番目に人口の多い都市はサムットプラカーン、あまり聞かない名前だ。チェンマイは歴史と文化が息づく古都であり、ミャンマーやラオスとの国境に近い国際都市でもある。
そんなチェンマイが首都バンコクに勝るのは「過ごしやすさ」ではないか。そこそこ都会で、治安が良く、物価が安い。住民にホスピタリティがあり、控えめ。どこか日本のローカルを思わせる。また、至るところで外国人を見る。観光客もいるが、長期滞在者が多い。街中を歩けば、話しかけられもする。ニイハオ! と言われ、「日本人だ」と答える。すまんね、ぼくはアメリカ人、こっちはオーストラリア人だ、キミもどっちが何ジンだかわからんだろう? ・・と会話が始まる。ぼくが1週間滞在しないことを知ると、それはもったいないと、とても気の毒な顔をしてみせる。オレは8週間、オージーは12週間住んでいる。あんたも長居するといい、じゃあな。
ここは外国人にとっても過ごしやすい。他国なら1週間ぶんの予算でひと月過ごせ、ひと月の滞在で1年ぶんの疲れを癒せるからかもしれない。
寺院の中庭に咲く花が美しい
何人か日本人とも知り合った。
50代と70代、どちらも男性。ひとりはマレーシアを拠点にして年に5回、チェンマイに長期滞在する。もうひとりはバンコクを拠点に、大阪とチェンマイを行き来するカメラマン。ふたりともそうした生活を10年間続けている。80くらいまではこのペースで行くよ、それからは身体も無理が利かなくなるだろうからゆっくりやるさ。とても72歳には見えない男が言う。タブレット2台を巧みに使い、ソフト帽が似合っている。旅行者には払わせられないと、マックでコーヒーをおごってくれた。50代の男に生活費について聞いてみた。なじみのゲストハウスで月2万円。食事を切り詰めれば3万円、普通に暮らせば5万円ですみます。月10万円あればじゅうぶんです。ということらしい。日本じゃきついけど、こっちなら移動費込みで悠々自適です。
近くベトナムにも拠点を置くという。年金に頼らない生き方をしたい、と50男。これにはぼくも同意するが、20年後、希望通りであることを願う。
iPadとキーボードを持ち歩き、記事を書く。無料WiFiがない店を探すほうが難しいチェンマイ
また、こちらに家族で移住してきた30代男性は、旧市街にブティックを構えている。タイ産の生地を使って自分がデザインしたオリジナル商品を売る店だ。バンコクに住む友人がデザインしたという服もある。吉祥寺あたりにいそうなタイプで、いい顔をして笑う。店のセンスも抜群で、奥さんも美人。妻と娘の3人で、郊外からバイクで1時間かけて通っているという。「何か困ることは?」の質問にじっと30秒くらい考え、ビザかな?と答えてくれた。
ブティックは2階、1階はカフェ。ガーデンではたまたまパーティが開かれていた
二者択一の世界 安定か、さもなくば自由か?
日本でサラリーマンだけしていれば、彼らを異端に思うかもしれない。定期収入による安定感。社畜と言われようと組織を重んじ、軽んじる自由業者をどことなく哀れむ風潮が日本にはある。日本人の世帯あたり平均年収は440万円。これは世界平均年収でみればトップ3%以内である。実感はなくても日本人は金持ちなのである。いっぽうタイ人の平均月収は4万7千円(2014年)。手取りは約4万円。日本ならマックのバイトで1週間で稼げる金額だ。タイ人は税金はほとんど払わない代わりに、寺院への寄付などに年収の2割を充てる。現世で徳を積んでおこうとする宗教観は、そのまま治安の良さにもつながるのだろう。チェンマイではついに1人の警察官とも会わなかった。いかに犯罪が少ないかがわかる。
道を走る乗用車は比較的新しく洗われていた。ソンテウ(乗合タクシー)から撮影したラッシュ時のチェンマイ市内のようす
手取り額とは関係なくチェンマイの人は明るい。笑顔に屈託がない。まるで合わせ鏡のように、そこに住む外国人も明るい。ぼくは思うのだけど、笑顔は資源である。人はそんな資源にも引寄せられるのだ。ここには国外からの年金生活者もいるし、若い世代もいる。生活費が少なく済むぶん、年齢層も自由度も広い。年金で十分暮らせるし、ネットで少額(に限らないけど)を稼ぐ方法もある。自宅マンションを人に貸し、その賃料以内で暮らすこともできる。日本の都市で月10万円で暮らすのは、相当惨めな暮らしを強いられる。チェンマイなら平均月収の2倍以上、それなりに豊かに暮らせそうだ。
北部タイはオーガニック野菜やハーブの宝庫。こうした素材を使った質の良い石鹸やコスメ、アロマ製品が驚くほど安い。癒し大国と言われる所以でもある。
意外と穴場のチェンマイで英語留学
意外と知られていないけれど、英語留学生も多い。
ネイティブスピーカーの講師による授業が月60時間でおよそ1万5千円。どこかの国の駅前留学に比べはるかに安い。これにシャワー付きのゲストハウス代と食事をあわせても月に5万円かからない。ということは1年間で60万円あれば充分。安いと大評判のフィリピン英語留学の相場が12万円。チェンマイはその半額以下である。体験者の手記を拝見したが、まったく英語力のない人が始めても、それなりに実力がつくようだ。年齢層も幅広く、国内外の人脈作りにも相当寄与する。これこそ語学以上の資産だと、経験に照らして思う。
オーガニック野菜や果物の朝市のようす。ミキサーを持ち込んでその場で片っ端からジュースにして飲みたいほどだった。
年間を通じて気候が良く、食べものも豊富で美味しい。人々も笑顔で、生活費もそれほどかからない。人生は長いようで短いが、60を超えては反転し、こんどは短いようで長い。できれば豊かな暮らしを送りたいと思う。まいにち笑顔で過ごせるよう、1万円でも多く稼がねばと神経をすり減らす。定年まであと10年と思っていたら5年延びた。さらに延びるかもしれない。最後に笑ったのはいつだっけ? テレビでお笑いを見た時だったかもしれない・・・
疲れた・・
だいじょうぶ。
ぼくたちにはまだチェンマイがある。
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