クアラルンプール
ある夜、そっと日本を出てマレーシアに行ってきた。
クアラルンプール空港に到着したのは早朝。すぐに鉄道で市内へ向かい、KLCC公園へ。開いたばかりのカフェの公園に面した椅子に座り、朝日が昇るのを待つ。じわじわじゃなく、ぱっと電気がつくみたいに明るくなるクアラルンプールの朝が好きだ。ほら、朝だ!起きろ!と街全体を叩き起こすようである。コーヒーを一杯ぶんだけそこですごし、ふたたび空港へ。
ジョホール・バル
次に向かったのはシンガポールとの国境すぐそばのジョホール・バル。数年前に契約をしたコンドミニアムの現地視察が目的だ。完成は2017年予定。建物は10分の一の階しか建っていない。だがその光景は希少である。完成してからは二度とみられないむき出しの鉄骨の山なのだから。建物から道を挟んでショッピングアーケードがあり、そのむこうにはレゴランドというテーマパークがある。二年前に来たときは開園まもなく閑散としていたが、現在も賑わいはいまひとつ。アトラクションがぱっとしないのかもしれないし、そのわりに入園料が高すぎるかもしれない。
このあたりはマレーシア政府肝いりの国家プロジェクト、ヌサジャヤというイスカンダル計画の中でも特に力を入れている地域で、英米資本の由緒ある大学や病院、映画制作スタジオなどが相次ぎ建つ。計画では産・学・医・エンターテイメント事業を地元に根付かせ、中流層の実需をみこむ。そこに赴任し、または留学される外国人に住んでもらえればと、手ごろなやつをひとつ買った。もちろんローンでだけど。
買ったのは地上16階ほぼ中央に位置する部屋で、60㎡と広くはないが、窓からはレゴランドが見渡せる(はずだ)。ディズニーランド並みに花火のひとつも上がればきれいだと思う。2017年はコンドミニアム完成ラッシュにより供給過多で、物件価格や家賃相場は下がるという。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。相場が上下するのは呼吸みたいなものである。それより2023年に開通予定のマレーシア・シンガポール間を走る新幹線はぜひ日本製をと願う。どのみちマレーシアはしばらく、きれいな人口ピラミッドを描きながら成長する国である。そんなマレーシアを含むASEAN諸国は、ぼくのこれからのライフワークに欠かせない。なけなしの金をはたいたのも、意思表明のひとつである。
▲ 建築現場のようす。あたりはまだなんにもない。
▲ 完成したらこうなるそうだけど・・
もともとこの辺りは自然の宝庫で、猿やオオトカゲたちが平和に暮らしていた。いまもそんな先住民たちが出来たばかりの道路を横切り、ひと気のない公園で日向ぼっこをしている。ヒトと仲良く暮らせたら楽しそうだが、なかなかウマが合わなさそうだ。ある日部屋のベッドにオオトカゲを見つけたら、借主はびっくりして荷物まとめて出て行っちゃうだろう。オオトカゲは体長が1メートル以上あるうえ、するどい爪や牙を持っている。そのうえ、おどろくほど動きがはやい。
▲ 道路を横切り、草むらへ走っていったオオトカゲ。デカイ!速い!
マラッカ
半日スケジュールが空いたので、以前から訪れたかったマラッカに行く。ジョホール・バルからは高速バスで片道3時間の道のりだ(約600円)。1~2時間ほど現地で過ごせそうだ。往復6時間かけて遅いランチをとる。せわしないが、魅力的だった。
マラッカは日本が室町時代の1396年、マラッカ王国として世界史に登場。100年後にはポルトガルの統治を受ける。100年後はオランダに継がれ、180年間オランダで統治後イギリスへ譲渡された。アジア文化をベースに南欧のテイストが織り交ぜているからか、街の雰囲気がマカオに近い。いや、むしろマカオがマラッカに近いというべきか。日本との縁は、ポルトガル統治時代にフランシスコ・ザビエルがここからキリスト教を日本に伝えるために出港したことで知られる。マラッカで知り合ったひとりのヤジロウという日本人に強く影響を受け、日本への布教を決めたといわれる。
▲ フランシスコ・ザビエル教会の庭に立つ ヤジロウとザビエルの銅像
東西をつなぐ世界的な交通の要所で、街はキリスト文化とイスラム文化、これが中華文化でまとめ上げられたコスモポリタンの都市。線香の香り漂うお寺から通り一本隔てたモスクからコーランが聞こえ、次のブロックに足を踏み入れると教会から鐘の音が・・・といった具合である。
小さな路地では張られたロープに洗濯物がはためき、猫がブロック塀の上であくびをしている。むかしどこかで見た風景に出会えるし、窓からはおじさんがにこやかな顔をのぞかせている。よく見たらそれは絵なのだ。
▲ リアルすぎて立体的に見える 遊ぶ子どもたちを描いた壁画
▲ どこまでが絵なのか ふとわからなくなる
▲ オブジェをうまくあしらっている そう,子どものうしろの輪は絵ではないのです
▲ この家に住んでいるおじいさんなのかもしれません
▲ このベンチに人が座ると・・ ふだんは食べられてばかりの牛の逆襲
▲ この絵が意味するところが、いまひとつつかめず 呆然と眺めてました
▲ 壁画をずっと眺めていると、壁の扉まで絵に見えてくる
マラッカはそぞろ歩きが楽しい街だ。運河沿いの家並みはまるでオランダ、アムステルダムの風情がある。
▲ オランダにある都市のような光景
▲ 街を走る運河には観光ボートが・・
そんなふうにすごしているうち、あっという間に帰りのバスの時間である。脇を通り過ぎるタクシーをあわてて呼び止め、バスターミナルへと向かった。
来るのもあわただしければ、帰るのも慌ただしい。
そのうち、のんびり来ようと思う。いつしか住み着いちゃうかもしれない。マレーシアを、アジアを、世界のあちこちを、旅をしながら暮らす。「暮らすように旅をする」こうしたスタイルを好む人はいるし、きっとこれからは増えるんじゃないだろうか。毎朝、満員電車に乗らなくてすむ齢になるとき、あるいは自らネクタイをはずすとき、なにも日本だけに住む必要もないだろう。そう考える人が一定の割合で存在する。1000人に1人くらいか、それ以上。大した資産がなくても年金の範囲で、豊かに暮らしたいと考えるのは自然なことだ。おひとりさまはさらに増える。将来ぼくは、そんな人たちをサポートしていたい。ひとりひとりが生きがいを取り戻せるような「暮らすように旅をする」ライフワークをプロデュースするのだ。なんか宣誓文みたいになっちゃったけど。
▲ 帰りのフライトに乗り遅れそうになりながら・・・
それにしても世間はせまく、あまりにも世界は広い。
このギャップはあんがい楽しい。
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