保険に弱い日本人

あれこれ保険に入りすぎている状態のことを、保険業界ではオーバーインシュアランスという。例えば生命保険。日本人は世界人口のわずか1.8%程度だが、支払う保険料は全世界の生命保険のなんと18%を占めている。ひとりあたり平均の支払い保険料は年間3500米ドル。もちろん、世界一である。

うっかりTVをつければ、そこに流れているCMは生命保険とスマホばかり。それも制作費をたっぷりかけたドラマ仕立てのものが多い。それだけのコストを掛けられるということは、すでに儲かっており、さらに儲けられるとみているからだろう。セイホとスマホ。名前も似るが、共通するのは月額定期払い。いちど契約すればあとは自動支払い、意識することなくそれらはおこなわれる。30円 高いか安いかでダイコンを買う店を変えもする消費者が、だまって数千円から数万円払い続けてくれるのだから、そりゃバカ高いゴールデンタイムのTV-CM代だって払う価値はある。ちなみに年間支払額は、スマホで年ひとりあたり平均9.2万円、セイホで世帯あたり52.6万円もする。それを「ピーマン300円、高い!」と、買うのをあきらめもする庶民が払っているのだ。

ひとはなぜ、生命保険に入るのだろう?
あたり前すぎて、ぼく自身もあまり考えてこなかった。そもそも「あたり前」なのかどうか、実はよくわからない。だが先日、ふと思うことがあった。

「お小遣いが4万円なんだ」と、新橋の飲み屋で知り合いが言う。だから飲めるのはあと一杯までだと。だが彼が毎月支払う生命保険料は5万円。なんかおかしくないかと思う。家族のためにという責任感はりっぱである。でも「5万円も払っていたとはなあ・・」とふだんは意識していなかったようすも伺えた。

日本人の生存率は世界でもダントツで高い。
0歳児の場合は99.7%、1歳から37歳まではずっと99.9%である。38歳から徐々に減り始めるが、それでも圧倒的な生存率である。先日たまたま見ていた厚労省の「生命表」に、生存率と死亡率という統計が載っていた(ヒマになるとそういうのを眺めるクセがある)。これによれば・・

 01〜37歳 : 99.9%
 38〜45歳 : 99.8%
 46〜49歳 : 99.7%
 47〜52歳 : 99.6%

60歳で99.1%、70歳で98.1%、80歳ですら94.4%もある。平均寿命を超えても90歳で83.9%、100歳で63.9%。100歳を超えてまだ過半数という驚異の生存率。それがいま生きている日本人だ。働き盛りの年頃で不幸にも亡くなられるのは、1000人のうち1人〜4人。思いのほか死なない。どころのはなしじゃない。ちなみにこの統計は男性のもので、女性だとさらに低くなる。

それにしても不思議である。
世界でもっとも長生きできる日本人が、世界でもっとも生命保険料を払っている。他国人が少なすぎるのか、日本人が多すぎるのか。命は等価と考えれば、世界平均の10倍多く払っている日本人がやはり異常にみえる。そもそも保険料はリスクに応じて金額が決まる。本来ならリスクの少ない日本人は、平均より掛金がむしろ少なくていい。そりゃ保証金が大きいからだよ、という人もいる。そうかもしれない。だが日本人の平均収入は減り続けている。少なくとも世界一の金額を払う妥当性はない。

明らかに日本人はオーバーインシュアランスである。それでもこうした認識が薄いのは、テレビで事故だ火災だ殺人だ放射線だの自殺だのと、平和な日本にあってもなお人間は薄命であることをすり込まれているからかもしれない。「よのなかブッソウなんだから、自分にだっていつおこるかわからない」こうした安全リスクに対する構えはことのほか大きい。だがつい、わずかなリスクを高めに見積もってしまいがちだ。これも欧米人などに比べ「ストレス耐性が弱い」といわれる国民性ゆえんだろうか。

「まあ、保険のようなものですから」

物販セールスマンのキメ台詞である。
そこをつかれると日本人は弱い。モノを購入するとき、ついあれこれオプションをつけたり、要るかどうか分からないものにも「保険と思えば・・」とついで買いしてしまう。またそういう人に限って「モノが捨てられない性格」だったりする。そのようにして、押入れや部屋のあちこちに「なぜあるのかわからないもの」たちに占拠され続け、人間の居場所を奪われてもいる。この図式は、まるで現世を犠牲にして死後を気にさせる保険の死生観にも似て、なんだか奇妙だ。

あなたがもし物販のセールスマンだとしたら、あるいはなんらかの勧誘をおこなう立場であれば、この弱点を利用しない手はない。人が持つ「安心したい」という欲望を満たすもの、それを最大限に示してあげればいい。過度な安心欲求は人々から正常な判断基準を狂わせ、他人の意図に誘導されやすくなるものだから。

あの異様な「反原発運動」もそのようにして支持を広げているのかもしれない。と、ついでに思う。

5 件のコメント

  • TPP問題で農作物がよく話題に上がっていますが、知り合いのFPが「保険業界にアメリカがもっと入りたいがために動いているんだよ」と言っていたのを思い出しました。国民皆保険とはいえ、その水準を下げさせて、というより高度医療など新たな医療技術を国民皆保険制度の枠外に設定し、「この治療を受けるのなら、別に保険に入らないと」という状況を作ろうとしているのだとか。
    日本人がそれだけ保険に加入したがる民族なのであれば、確かに魅力のあるマーケットなのでしょうね。
    ここのところ長崎にはメットライフアリコやAIUなどのコールセンターが開設されています。長崎の雇用対策に繋がるというのも若干あるようですが、それだけ問い合わせもあるのでしょうね。ただし雇用される人のほとんどは正社員ではないので、雇用対策も表面上のものになっているようないがします。
    と、そうは言いながらも、僕自身も保険を見直してみましょうかね・・・。

  • うちは保険に入っていないのですが、
    投資の一つとして保険に入る、というやり方もあるのかなーと、最近思っています。
    今の金利と比べたら、定期預金をするより長期で見れば利息がいい。
    控除も受けられる。
    入院したらオマケがつく。
    リスクとって資産運用するより安全性も高いかしら?とか。

    まあ、お金かけてても死ぬ時は死ぬし、
    家族だって脳みそあるので困ってもなんとか生きていくだろうし、
    自分の命の保障を買う、という気にはなかなかなれませんが。

  • 保険イコール安心という感覚が日本にはあるのでしょうね。
    けれど、保険料が家計を圧迫するようなら精神的にも圧迫されてそれが積もりに積もって病気にかかりやすくなるかもしれない。そしてその病気は、かけた保険料で支払われて辻褄があってしまう。
    そんな図式が頭に浮かんでしまう私は、保険に入ることにとても慎重になっています。

    いつか病気になってしまったときのためにと加入した保険。その保険料を支払うたびに潜在意識に少しずつ刷り込まれて現実化してしまうのではないか?
    そう思えてしかたがないからです。
    なので、保険に入るときの動機付けを心の底から前向きなものにできたときだけに加入することにしているのです。

    私の周りをみても確かに、必要のない物を溜め込む性格の人ほど高い保険に入るのが好きという傾向があります。ついでにストック大好きで、店を開きたいのか?と聞きたくなるほど過剰にストックがあったりします。
    明らかに不要な物でさえ、いつか使うかもしれない。
    ないと困る時がくるかもしれない、と思うのでしょう。
    物への執着も保険も、未来に対する不安で、結果、現在の自分を大切にしていないという点で同じですね。
    なるほど〜!
    現在の自分を大切にしていきたいですね。
    未来はそうすることで開けていくものですものね♪

  • 私も2年前ついに保険加入しました。
    やはり病気になったときのバックアップが大きいです。
    しかしながら、日本の場合年末調整の時に
    支払保険料に応じて控除されるというのも
    大きいと感じています。

    そう、あれから10年以上前のことですが
    会計士のおじいさん先生が、日本は戦後の保障の
    代わりとして各保険会社にその代わりをさせる、
    つまり国と保険会社は蜜月な関係だったから
    そんな控除ができたのだと、おっしゃっていました。

    私はあまり熱心な社会人ではないのでこのあたりの
    リサーチはしていませんが、一理あるのでは・・と
    思っています。なおきんさんのご意見+以上のことから
    日本はオーバーインシュランスになっているのかもしれません。
    (オーバーインシュランスを変換したら飲酒ランスとなりました笑

  • mu_ne_2さん、一番ゲットおめでとさまです!
    生命保険会社にとってそれだけ日本は魅力ある市場ということなのでしょう。「安心・安全を保険で買う」というコンセンサスは広く浸透し、入っていないと不安でしょうがない心理にさせるものですね。いずれにしても保険の見直しは、早ければ早いほどよさそうです。
    ―――――――――――
    いねむりさん、
    生命保険を資金運用の一環とする考えもありますね。ぼくもかつて積立生保をしていたとこもありましたが、いまは解約してしまいました。生保は掛け捨てにし、積立は別運用のほうがメリットがあると試算したからです。まあ家族構成とか条件は人それぞれですね。
    ―――――――――――
    はてなさん、
    そうなんです。未来への不安がいまの不幸感をもたらしている。という面もあるということですね。いまを一生懸命生きる。お金の使い方はその人の人生をあらわします。
    ―――――――――――
    わんわんわんわんさん、
    なるほど、勉強になりました。>「日本は戦後の保障の代わりとして各保険会社にその代わりをさせる」< それで年末調整時に控除対象になっているのかもしれませんね。ぼくの友人は生保で営業をしていますが、本人はそれには加入せず共済組合保険ですましています。「実はこれで十分なんだ」と。

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    なおきんプロフィール:最初の職場はドイツ。社会人歴の半分を国外で過ごし、日本でサラリーマンを経験。今はフリーの立場でさまざまなビジネスにトライ中。ドイツの永久ビザを持ち、合間を見てはひとり旅にふらっとでるスナフキン的性格を持つ。1995年に初めてホームページを立ち上げ、ブログ歴は10年。時間と場所にとらわれないライフスタイルを めざす。