台湾というのはなにかしら、幼なじみの存在を思わせるふしぎな親近感がある。初めて訪れたのは1987年。ここ9年ほどは足が遠のいている。親近感はまた、既視感といいかえてもいいかもしれない。淡水という街のあちこちに昭和の、それもぼくが幼いころ見たのとそっくりな風景、おせっかいで気さくな人たち、新竹でタクシーのラジオから流れていた日本の懐メロ、どれもがなつかしい。
その台湾でいま、なにかが起こっている。
大規模な学生デモ。彼らによる立法院(国会)占拠。機動隊と衝突し、100人以上が負傷。断片的なニュースからでは全容はわからない。いったいなにが起こっているのだろう?
「このままでは台湾は中国に飲み込まれてしまう」
学生たちが突き動かされ、デモに至った動機はこれだ。ネット上でもあちこちでSOSが飛び交った。理由は先月立法院(日本でいう国会)で可決された台中サービス貿易協定。台湾-中国間のTPPともいわれるが少し違う。中国は台湾全土を開放してもらえるが、台湾は中国の福建省のみ、などとどちらかといえば中国企業が一方的に台湾市場にはいりこめるような内容になっている。
サービス貿易協定の対象になるのは、金融、広告、印刷、レンタカー、通信、宅配、娯楽施設、スポーツ施設、映画、旅行、内装工事、老人ホーム、卸売・小売、運輸、美容室、クリーニング、オンラインゲーム、葬儀・・などなど実に幅広い。実現すれば台湾の中小企業なんてバタバタ倒産しそうである。
中でも通信の開放は、軍事情報などの機密情報が中国にダダ漏れになる可能性があって、安全保障上においてもあぶない。しかもこうした情報は中国が一方的に摂取するばかり。台湾の若い人たちが「近い将来、いつの間にか台湾が中国になっていた」という危惧も然りである。
じゃあなぜ、こんな協定を台湾国民党政府はOKしたのか? これまでさんざん台湾企業が中国に進出して恩恵を得たんだ。お返しして当然じゃないか、と北京側は説明する。馬英九総統は「台湾にだって利がある」と説明する。雇用も増えるしと。そうはいいつつも、国民や野党が反対するのはまちがいない。だから馬総統はこっそり中国側と「秘密交渉」し、署名後に内容を公開した。後ろめたさたっぷりではないか。
台湾人は馬英九を信用していない。
これを反映し支持率は10%台である。中国にばかり利する政策に、国民もさすがに目にあまる。たとえば彼が政権をとってから、中国国籍でも4年間台湾で暮らせば台湾人のIDが取得できるようにした。公務員にだってなれるのだ。気付かれずマスコミを牛耳り政府を牛耳り教育界を牛耳る、なんてことが中国にできるし、すでにやっているかもしれない。そうでなくても、中国からの移民によって労働市場の競争が激化し、台湾人の賃金が下がってきている。生活だって苦しい。台中サービス貿易協定が締結されれば、カネでIDが取得できるようになり、台湾の大陸化(中国人化)はさらに加速することだろう。
クリミア情勢にも背中を押された。
住民投票でロシアにとりこまれることになったクリミア半島。かの地に、つぎつぎと大陸から中国人が移住してきている台湾がオーバーラップされる。これが加速すれば、同じことがここでも起こるんじゃないか? と想起されても無理はない。
この学生デモ。
日本では、台湾の学生が暴動を起こし国会を占拠したという点ばかりが強調される。全学連でもできなかったのに、治安維持力に問題があるんじゃないか? みたいな報道もある。
台湾に住む友人などによれば、一般市民はどうも学生たちに同情的だという。大学教授たちもデモをする学生のために1週間休学を認めているし、機動隊までもがこっそり学生を応援している。加勢しているといっていいかもしれない。だいたいにおいて学生たちは整然とふるまっていたはずが、一部暴力団が混じって過激化も。この暴力団の存在が不気味である。自主的なのか、だれかの差し向けか?
デモは奏功し、協定締結はやり直し。
ぼくも及ばずながら協定反対の署名運動にも参加した。東日本大震災の時には、まるで自分のことのように涙を流し義援金もたちまち200億円集めて送ってくれた台湾の人たち。日本はなかなか隣国には恵まれないが、そんな中でも真の友人といえる国でもある。
「皆様こんばんは。私は台湾人です。この国の民主の歩みと共に成長しました。私は若いです。この幼い国のように。そして、この国の民主はさらに若いです。台湾の民主は、私たちの親の世代の努力と犠牲でヨチヨチしながら成長してきました。この国の民主の生い立ちは私たちの今までの人生でもあります」と訴える台湾の若い女性
中国に隷属されまいと立法院で座り込みをし、民主主義を守るために必死に戦う台湾の学生は、ぼくが最初に台湾に行った年より後に生まれた人たちばかりであった。だが多くを、彼らに教えてもらった気もするのだ。
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