ある日ATMで現金をおろし、
残高を見てあれ?と思う。
思ったより少ない・・・
さっそくスマホで銀行にアクセスし口座の明細を確認する。奇妙な履歴がみつかった。知らない間に現金がおろされている。どうやら海外からのようだ。昨日と今日、計10回。それぞれ数千円から数万円の引き出しがあり、ひとつひとつに「カイガイテスウリョウ 108円」という1行が足されている。あわせて18万円ちょっと。イタイ金額である。
▲ 問題の通帳明細の一部。正規には「海外支払い1」部分に現地通貨の金額が表示されるものだが・・
深呼吸をひとつ。
銀行に電話をかけ、まずカードをとめた。
明細によれば昨日6回、今日は4回おろされた。とめなければ間違いなく空っぽになるまでおろされたのだろう。いったいだれが?どこから?どんな手を使って? 電話口の銀行の担当者はちょっと困った様子だった。まずは警察に被害届を出してから連絡もらえますか、と申し訳なさそうにいう。ぼくは言われたとおり最寄りの交番へ出向いた。
「キャッシュカードを盗まれたわけじゃないと?」
若い警察官はあきれていう。ぼくはカードを財布から出してみせ、それから印刷しておいたオンライン通帳をみせた。ほらここからここまでが引き出された金額の部分です、と。若い警察官は引き出し額より残高のほうに興味があるようだった。「僕だったら1度に全額おろすけどね」と吐き捨てるように言う。なるほど。でもそれを被害者に向かって言うべきではない。パトロールから帰ってきたばかりの婦人警官が見かねて本署に問い合わせ、「銀行でもう少し詳しい情報をもらって下さい」と役人の声でいう。「それからあなたの自宅の管轄はここじゃないので、お住まいの管轄警察署でお願いします」とも。
ふたたびぼくは銀行に電話をかけ、警察でのやりとりを伝える。そうですか・・と担当の女性はしばらくなにかひとりごとのようなことをいい、あらためて折り返しますと電話を切った。
それから2日間が過ぎた。
念のため口座をチェックしたが、あれ以来とくにおかしなようすはない。3日目に銀行の担当女性から電話があった。連絡が遅くなったことを詫び、引き出し元はウクライナにあるATMのようです、と教えてくれた。「ウクライナ!?」ぼくは少しだけおどろく。その反応に、担当者は「なにか心当たりでもございますか?」ときいてきた。
ウクライナにぼくが行ったのは去年の7月。1年近くも前のことである。不正をやるならその時できたはずなのに、なぜ一年近くもあとだったのか?犯人にもいろいろ事情があったのだろう。ウクライナの都市は例の暴動でそれどころじゃなかったのかもしれない。
数日後、銀行から不正引き出し部分が抽出された明細が届いた。場所はキエフにあるATM。犯人は5回もATMの場所を変え、2回ずつ同額の現金をおろしていた。犯行は6月11日と12日、時刻はどちらも17〜19時の間・・・
▲ おそらく偽造カードを使ってウクライナで引き出された部分の明細
おそらく犯人はぼくのキャッシュカードをスキミングをしたのだろう。ATMのカード挿入口にカードリーダーを装着しておき、カード情報を読み取った。またはカメラをしかけ、カード番号と入力する暗証番号を撮影したかもしれない。いずれもそれをもとに偽造カードを作り、ATMから現金を引き出したのだ。カード識別番号と暗証番号、これがあればATMはハズレなしのスロットマシーンに変わるのだ。
ふたたび警察署へ足を運ぶ。
こんどは「管轄外です」といわれないよう、自宅そばの警察署に行くことにした。対応してくれた警官は素朴なおじさん。どうして盗まれてもないキャッシュカードを使い、ウクライナというよくわからない国からお金がおろされたのか、うまく飲めこめないようすだった。ぼくは警官にウクライナの位置さえ教え、換算レートの仕組みにまで触れて説明した。あとから別の警官がやってきて同じ質問をするので、同じことをまた説明した。スキミングの疑いがあると説明し、ネットで見たやり口など事例を上げて話した。警官はうなずき、大学ノートにメモしている。まるでローマでイタリア人の警官に説明している気がした。そういえば昔、そんな経験もした。「被害届を出したいんです」ぼくがそういうと、あとから来た警官は「あのねえ、被害者は銀行かもしれないんですよ」といった。
そこで話が見えた。
疑われていたのは、ぼくのほうだったのだ。
押しやっていた疲れが、どっとでた。
翌日、銀行の支店に呼び出され、言われたとおりパスポートをもって足を運ぶ。現金が引き出されていた2日間、国内に居たことを証明するためだ。担当者はパスポートの全ページをコピーし、しばらく当行で保管しますと告げた。ぼくは認め、個人情報預かり承諾の誓約書にサインした。被害者は自分なのに、気分はまるで加害者のそれであった。
▲ 歴々のパスポート。証拠としてコピーされたのはもちろん最新の一冊だけ。
こうしたキャッシュカードによる被害は、銀行が被害額を補償してくれなければ泣き寝入りである。クレジットカードにはあるていど保険がかけられているが、キャッシュカードにはそれがない。銀行は「補償できるかどうかは保証できません」というダジャレめいた説明をしてくれた。どうにも笑えない。
ぼくは、海外でもキャッシュカードを使って現地のATMから現金をおろす。現金で両替するより為替レートがいいからだ。クレジットカードと違い、すぐに決済されるので、現金出納帳がわりになる。便利だ。だが便利はいつも、不便の犠牲のうえにある。
- 磁気カードなら、ICカードに変える
- 暗証番号はひんぱんに変える
- 暗証番号に想定されやすい数字をつかわない
- 残高確認はひんぱんに行なう(通知メールを活用)
- 預金専用口座のキャッシュカードは作らない
以上は被害の可能性や程度を減らし、たとえ被害にあっても銀行の補償が得られやすい。オンラインバンキングなどのパスワードには慎重になっても、あんがいキャッシュカードは死角だったかもしれない。古いキャッシュカードにはIC機能が付いてない。鍵のない部屋で過ごしていたようなもんである。しかもスキミング技術はここのところものすごく進化していて、ICカードや生体認証カードであってももはや安心出来ないレベルにある。
あれから警察からも銀行からも連絡はない。
盗られたお金は戻ればラッキーである。途中で気づかなければ、残高すべて盗られた可能性もあったから、すでにラッキーなのかもしれないけれど。
あなたもどうか、ぼくのような被害に遭わないよう気をつけてください。自分は海外には行かないから、と安心しては危険。インターナショナルカードを日本でスキミングされ、カンボジアのATMでおろされたというケースもあるようです。もしかしたらぼくのケースも国内でスキミングされ、たまたまウクライナでおろされたのかもしれない。
結果的には、盗まれた金額は全額補償され、戻ってきました。外部による犯罪が認められ、口座保有者(ぼくのこと)に瑕疵がないと判断されたのだろうと思います。今回の事件があったからかどうかはわからないけれど、この銀行は以後、「キャッシュカードでの海外ATMが使用できなくなります」とアナウンスがありました。VISAデビットカードで代用してくださいと。セキュリティにはくれぐれも留意しましょうね。