日本がまだ戦前だったころ
例えば1935年あたりの日本の平均寿命は、男性が46.9、女性が49.6でしかなかった。いまじゃ、男性78.6で女性85.5である。同じ尊い命に変わりはないが、いまじゃプラス30年も長い人生が過ごせるのだ。かつては死期をむかえた人のほうが過半数だった齢50。それがいまじゃ30年ローンが組めたりもする。
だが「以前より30年も長生きするようになった」と考えるのは早計である。平均寿命とはつまり生まれて死ぬまでの「平均値」のこと。途中で亡くなる人が多ければ多いほど短くなる。戦前は乳幼児死亡率がとても高かったし、結核で20前後で死ぬ若者も少なくなかった。70まで生きた男性の「平均余命」を見比べれば、1935年が77.6歳いまが84.4歳、その差はぐっと縮まり6.8年。女性でも79歳から88.9歳と9.9年の差でしかない。つまり単純に日本人の寿命が30年も延びたというわけじゃない。むかしよりいまのほうが「途中で死ぬ確率が減った」ということだけのことである。
だけどそれはそれで悩ましい。
20代の若い人たちの間では「老後資金をどうするか?」がやたらと話題にのぼる。40過ぎてもまだ考えが及ばなかったぼくにしてみれば「りっぱだなあ」と思う反面、それだけ深刻度が増していることに暗澹(あんたん)とさせられる。働ける年代の給料が年々増える保証はないのに、それぞれ老後は長いのだ。どんな楽観をしたって年金受給の開始はあとに延ばされるうえ、支給額は減っていく。長い老後を思えばいまの生活費を切り詰めても貯めざるを得ず、長い老後は老後で切り詰めながらやりすごす。そんな人生の、いったいどこに華があるのか。と思う人もいるかもしれない。
老後を切り詰めて過ごし、あげく死を迎えたときに口座に残った貯金額は平均3000万円もある。最後まで老後資金が心配なのが悲しい人間の性なのだ。日本人全世代の平均貯金額が1700万円。つまり平均値を上げていたのは高齢で亡くなられた人たちであった。このことはしみじみ感慨深いものがある。もちろん遺族に残そうとしたのだろう。だが相続税をむしりとられ、いくらもない。「そんなことなら、使っときゃよかった」と考える人もいるんじゃないか。
将来タイムマシンが発明されたら、自分の死に際に50年前に戻りたがる人びとがワンサカいるんじゃないだろうか。そして30だったころの自分に、余ったうちの1000万円を与えるのだ(全額でないところがミソ)。
ある日あなたの口座に突然1000万円が振り込まれる。
振り込んだのは将来のあなた自身。だけど律儀なあなたは生涯にわたってそれを使わず、結局死んだあとも口座に残ったまま。死ぬ間際「使っときゃよかった」と思いながら、また過去に戻って若いころの自分に与える・・・
という小説を考えてみました。
書かないけど。
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