ロック好きのぼくにとって、ロンドンは聖地。
カーナビストリートにキングスロード。
あこがれを実行にうつすのにためらいはなかった。10代のぼくは今よりずっとフットワークが軽く、思い立ったら次の瞬間にはカラダが反応していた。短気だったし、いささか荒れていた。やがて家出同然にロンドンに旅立ったのは18のとき。けっきょく2週間をそこで過ごした。
旅行や家出ではなく、そこへ暮らすことになったのはそれからずっとあとのこと。共同経営者と共に会社を立ち上げ、約一年間、会社のあるロンドンに単身赴任した。
あこがれのロンドン。しかし暮らしは楽じゃない。仕事、仕事、また仕事。オフィスに寝泊まり、サンドイッチを片手にデスクにかじりつく。時間とお金はすべて会社に費やした。休みは2ヶ月に一度だけ。1日半の休みをとり、ドイツ・デュッセルドルフの自宅に帰省する。一泊だけ過ごし、翌日ロンドンへとんぼ返り。戻ったその晩からまた仕事。目指したわけじゃないが、そんな日々だった。人間関係も順調とはいい難く、常にぼくは孤立していた。
ロンドンに居ながら、音楽ともファッションとも無縁の毎日。
いま思い返しても、あのころの自分はどこかイカれていた。記憶も一部どこかにいったままだ。ワーカホリックが高じて、ちょっとしたトランス状態だったのかもしれない。そんな時期があなたにもきっとあるはずだ。ぼくの場合は32で、おまけにロンドンで暮らしていた。
ぼくは息抜きを欲していた。でなければ本当につぶれてしまう。
その傾向は至る所で見られた。生気がなく、友人からは心配された。白髪が増え、体重は55kgを割っていた。
そんなぼくを救っていたのが、濃いミルクティーと焼きたてのスコーン。通り向かいにひっそりとたたずむ小さなパブにそれはあり、毎日午後になると、這うようにそこへ通った。ロンドンの水道水はそのままではとても飲めたもんじゃないけど、ミルクティにすると奇跡のように旨い。アツアツのシンプルなスコーンにはメイプルシロップをさっとふる。皿も熱してあり、垂れたシロップからも湯気がたつ。もうそれだけでしあわせな気分になれた。
ロックで憧れたロンドン、暮らせばスコーンに癒されていた。
滞在中、ただの一度もライブに行くことはなかった。ミュージカルにも縁がなく、エンタメといえばレスタースクエアにある映画館へ行く程度。仕事以外ではいつもひとり。「遊びにきたんじゃないんだから」そう自分には言い聞かせていたが、それにしても寂しい暮らしだった。雲が低くたれ込める天気にも、テロ騒動で時々封鎖される地下鉄にもうんざりだった。
いまでもロンドンはトラウマである。
でもブリティッシュロックは、変わらず好きだ。
なまってると、たまに尻を蹴飛ばしてくれる。
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