こころのスノードーム
ふだんなにげない判断も、多くの選択からなりたっている。実にぼくたちは 一日平均3万回も選択をし、10万回もの思考をしている。選択はまばたきの数より多く、得られる情報の総量は年々増えている。これじゃあストレスも溜まるはずである。ほとんど常態化していると言っていい。
あれもこれも、と選択をしながら、あれもしなきゃこれもしなきゃと自分に命令をする。時間は常に一定に経つはずなのに、置かれた状況によって速く感じられたり、ひどく遅く感じられたりする。あらゆる考えが頭をよぎり、目の前のことに集中できなくなる。結果どちらも中途半端に終わることもあるだろう。心がざわざわして、周りがよく見えないこともある。スノードームの雪が舞っている、あれに近い。しばらく静かにしていればやがて雪は舞い落ちて、ドーム内はクリアになっていく。心もそうなのだろう。待てばいいのだ。待てば心のドームも澄んでくる。
いっぽうで「ぼおっとしているヒマはない」という声がする。たいていは自分の声だ。自分が自分で心をざわめかせ、ドームの雪をかき回す。ついには集中できない自分に甘えだす。なにか他のせいにしたり、体調不良のせいにしたり、自分を惑わすだれかのせいにする。さらに悪いことに、いまはスマホがある。ひとを落ち着かせない豊富な機能には定評がある。身体に悪い影響をおよぼすのは電磁波ばかりではない。
モンキーマインド
仏教の教えに
Taming the Monkey mind (モンキーマインドを飼いならせ) というのがある。手にしたバナナを食べているのに、別のバナナを見つけ、そちらにも手を出そうとするさまをモンキーマインドという。常になにか動きがせわしく、落ち着かない。あたまには雑念だらけかもしれない。ヨガ好きのドイツ人から「日本人がイエローモンキーと言われてんのは、なにも皮膚の色だけじゃないぜ」と言われ、ケンカになりそうになった。でもよくよく考えればあながち的外れでもない気もする。3万もの選択に支配され、注意力が散漫になるのは必然である。在独日系会社で働く日本人駐在員は、なにかと “I’m busy” といってはせわしく動きまわり、同僚のドイツ人にバカにされていた。集中して働き、定時になればさっさとオフィスを退出するドイツ人。けっして怠け者ではないことは、労働時間あたりのGDPが証明している。
考えていること、を考える
もともと人は考えすぎる傾向にある。
1日10万回も考えている。みうらじゅん氏は「人生の3分の2はいらやらしいことを考えてきた」というから、1日6万回以上もいやらしいことを考えていることになる。氏のセンスはただものではないが、やはりただものではないのである。
さて10万もの思考のうち、95%は飽きもせず同じことを考えている。思考に人が造られるのはそのためだ。スノードームのようにこころがざわめき、モンキーマインドのようにあれこれ思考が飛ぶ。そんな状態で出来上がる人間というのは、どうなのか? 情報が飛び交い、あらゆる判断を短いタームでおこなわなければならない。そんな事情は誰もが共通にもかかわらず、モンキーマインドに支配される人間と、そうでない人間がいる。前者と後者を分けるものはなんなのか?
潜在意識である。
ぼくたちはあまりにも多くの意識されない意識、考えに従って動いている。「なんであんなことしちゃったんだろう?」と悲観したり、「なんでしなかったんだろう?」と後悔するのも、やはり潜在意識の仕業である。ひとつひとつの選択が点と線を結び、結果が生まれる。ただでさえ10万回も考えているのだ。明らかに過剰である。そこで「自分がいま考えていること」について考えることをしてみる。そのためには立ち止まることが必要だ。
ただでさえ、あわただしい思考数である。放っておけばつい考えてしまうのが人間である。大部分は仏教でいう煩悩や雑念である。みうらじゅん風にいえば「人生の3分の2は煩悩と雑念でしかなかった」わけだ。そこで元に戻す必要がある。そんなとき、いま自分が考えていることを書き出す作業が役立つ。
こころがざわつき、目の前のことに集中できなくなる。そんなときぼくは、考えていることをあえて言葉に出す。iPhoneを取り出し、メモ帳を立ち上げ、音声認識を使って考えていることを文字に変換する。自分が考えていることを目にしてみる。つまり「考えていること」について考えるわけである。なぜイラついていいるのか、なぜ違和感を持つのか、なぜ信じているのか、信じていないのか、悲しいのか、どうしてその考えに至ったのか・・、というのがわかってくる。わかれば違いもわかる。訂正するべき箇所も見えるし、考えに間違いがなかったことも見える。次々に考えようとする気もちを留まらせ、リセットすることができる。
リセットに必要な「呼吸を思う」こと
コツは呼吸を意識することだ。瞑想がそうであるように、気もちのリセットには「呼吸を思う」のがいい。吐くときは「いま自分は息を吐いている」と思い、吸うときは「息を吸っているのだ自分は」と思う。長く、深く、呼吸を思いながらおこなう。目を閉じ、おだやかな海岸で砂浜をやさしくなでる波の動きをイメージする。波が引くように息を吐き、波が押し寄せるように息を吸う。
大事なときに限って集中できない。
あなたも思い当たることがあるだろう。モンキーマインドに支配され、あれもこれもとなるからだ。誰かがあなたの扉をノックし、横でイスをけとばそうとも、目の前のやるべきことに集中する。スノードームに舞う雪がすべて落ち、視界がクリアになる。波に合わせてゆっくり呼吸をする。意識することは大事である。
意識された考えは強くなる。
思うようにことが進むかもしれない。
思うようにことが進まないことを考えなくなるからだ。
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