恥ずかしいけれどラテン音楽はまったくの初心者である。
サルサ好きな友人が何人かいて、ことあるごとにダンスを誘われ、全力で断っているうち相手にされなくなった。8拍シンコペーションにあわせ、1拍めと5拍めはステップを外し6つのステップで踊る。そんな起用なダンスなど、できるわけがない。だがもしぼくがキューバで生まれ、毎晩のように近所でステップを踏んでいたなら、まるで盆踊りのようにすぐにでもみんなの輪に入れてもらえるかもしれない。
トリニダードにあるマヨール広場では、毎晩のようにキューバ音楽のライブが開かれ、地元の人が踊っているというのでさっそく行ってみた。雨上がりの夕日がしばらくあたりを照らし、暮れていった。代わって水分を含んだ涼しい風があたりの空気を少しだけ冷やすころ、人々も広場に集まってきた。ぼくも石段のひとつに座り、ステージからの演奏を待つ。男がやってきて、飲み物の注文を取りに来た。迷わずモヒートをたのみ、待つあいだにカメラをセットした。
モヒートより先に演奏が始まった。
人々がわっとステージの前に集まり、おのおのステップを踏み始める。
演奏もうまいが、それよりこうして踊る人々がうまいのなんの。
動きがシャープでムダがない。素人目だからだろうか?
そうとうなレベルにみえる。
それになんといってもおしゃれである。
一人ひとりが、なりきっている様がある。
ダンスというのは見ているだけで、脳が踊らされる。
演奏するほうが、脇役に思えてくるほどに。
彼女たちはまだティーンネイジャーなのだろうが、キューバの成人は15歳から。もう酒を飲もうが、タバコを吸おうが、結婚して子どもを生もうが、どうぞ好きにやってくれというわけだ。だがタバコを吸う若者はあまり見かけなかった。吸っているのはおじさんとおばさんばかりである。長く踊り続けるには、タバコはジャマなのかもしれない。
踊るからスタイルが良くなるのか、スタイルがいいから踊れるのか。太っていてもカッコイイ。
プレイされた曲の一部です。
サルサはキューバ音楽の代名詞といわれるほど有名だが、19世紀初めのスペイン統治時代に入ってきたスペイン民謡が発祥。これに入植してきた黒人奴隷がもたらしたアフリカンリズムが融合し、ソンと呼ばれる大衆音楽になった。西欧とアフリカの融合、これに20世紀初めにアメリカからの影響を受け始め(なにしろフロリダとキューバは目と鼻の先である)、とくにジャズの要素をミクスチャーしたのがこのサルサである。
まるでキューバの歴史を象徴しているではないか。
しかもこのサルサ、キューバの旅を経てからは、耳にするたびに舌の上でモヒートの香りを感じるようになった。気分がぱっと明るくなる芳香のなかに、ほのかに織り交ぜられるせつないメロディ。深みと味わい。人の感覚とはつくづく面白い。スペイン、アフリカ、アメリカ、モヒート。サルサはぼくにとって、特別な音楽なのだ。
旅はこれだから面白い。
そこでなければ知り得なかった体験が血肉になる。
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