古都フェズは実に789年、イスラム王朝の首都となった都市。世界最古の大学、モスクはもちろん、いまも使用されている民家が健在する。日本では奈良時代が終わり、まさに平安時代(794)を迎えようとするころであった。
フェズと京都は同じ頃に遷都し、今も栄える千年都市という意味で、古い幼なじみといえるかもしれない。
そんなフェズを、だがなんのときめきもなく訪れた。
ローカルバスで5時間以上も揺られ、フェズに着いたとたん雨が降り始めた。メディナの入り口まではタクシーを使ったが、言い値の2倍の料金をふっかけられ、おまけに予約していたリャド(民宿)はオーナーが電気代を払わなかったせいで、利用できなくなっていた。
「別のリャドがあるから案内するよ」
若い男に声をかけられたが、行為なのか商売けなのか判別つかない。雨は次第に強くなり、他にあてもなく、仕方なく男の後をついて行くことにした。カスバに入ればそこは迷宮のように曲りくねり、人一人がやっと通れるような狭い路地をボタボタと背負うリュックに鳴らす雨の音を聞きながら無言で歩いた。なんて細い路地なんだ!と思う。そこに荷を背に積んだロバがこちらに向かって歩いてくる。ロバをやり過ごせば今度は馬がやってくる。猫が足元をすり抜け、子供に小銭をねだられる。ジェラバを着た男やスカーフを顔まで巻いた女たち。着ている服を除けば、いまが16世紀と言われても違和感がない気がする。ズボンの裾が濡れて歩きづらかった。コーランが鳴り響いている。
そのリャドは、ひどく奥まったところに入り口があった。
おそらく、地図があってもたどり着けないだろう。GPSは今いる場所を示せずにいた。建物内に窓はなく、明かりはしけた電灯の他には吹き抜けから射す光だけ。すすめられた椅子に座り、あたりをみまわす。本当に同じオーナーの宿なのかを確認するため、予約カードに自分の名があるか確認したあとで、差し出された宿泊カードに署名した。部屋に荷物を置いて、さあどうしたものかと考える。ロビーには自称ガイドのおじさんがぼくを待っていた。
おきまりの、なめし皮工場を見学し、サハラでつけるスカーフを買い、レストランでタジンを食べた。他に書くべきことはない。都市には相性というものがあり、フェズとのそれはあまり良好ではない。自称ガイドとはしばらく言い争ったあと、根負けし、200ディルハム渡して帰ってもらう。大阪に自分の娘がいるという話も、信じ難かった。
1時間でも早く寝て、朝を迎えたかった。
そういう1日が、旅にはある。
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