初めてのタイ古式マッサージ
タイ古式マッサージというのを初めて受けたのは1995年、生まれて初めてバンコクに行ったときのこと。ワットポーのお寺の中に体育館のように広いフロアがあり、そこで老いも若きもタイ人も外国人も、いっせいにマッサージを受けていた。柔道の寝技のようなポーズをとっている人もいれば、どこからか奇声も聞こえてくる。気持ちいいのか痛いのか、人間ってそんな声も出せるんだとしみじみ感慨深く、少しのちに自分もその声のひとりとなった。
ロングTシャツにはミッキーマウス
タイは何度も来ているがチェンマイは初めてである。
着いてすぐ向かったのはマッサージ屋。夜行便でこわばった身体をまずはほぐしたいところだ。ろくに下調べもせずに来た街だが、マッサージ屋ならいたるところにある。食べ物屋の次に多い。チェンマイの場合、食べ物屋と寺院の次に多い。
待つのがいやな性分なので、旧市街にあったヒマそうな店を選ぶ。料金も手頃である。タイ古式マッサージが1時間、200バーツ(670円/2015年12月現在)である。日本はもちろんのこと、バンコクと比べても安い。店に入ると、サワディカー!と若い女性が迎えてくれた。背が高く肩幅が広い。ミッキーマウスがプリントされたブルーのロングTシャツから、形の良い脚が伸びている。店を間違えたか? 髭のあともスネ毛もないが、おかまちゃんであることは明白だった。どこからきたの?東京?すごいわ!チェンマイは初めて?そうなの?どうか楽しんでいってね。どのくらい滞在するのかしら?ともかくメリークリスマスね!と矢継ぎ早に話しかけてくる。そうかクリスマスだったか。クリスマスだってのに・・・
洗面器にお湯をはり、足を洗う。立てたひざの間からパンツが見えるが見ないようにした。ロングTシャツはスカートを兼ねるには短すぎた。足の水気を拭き取るとそのまま施術台の方へ誘導し、どこかに電話をかけている。おそらくマッサージ師を呼んでいるのだろう。いくらおかまちゃんでもあの格好でマッサージはできない。店長さんなのかもしれない、と思いならがらも大いにホッとする。しばらく待てど、マッサージ師はあらわれない。あとどのくらいかかりそうなのか聞こうとしたその時、カーテンを開けて入ってきたのは、あのおかまちゃんであった。待った?
つーか、おまえがするんかい!
例によってミッキーマウスのロングTシャツはそのままだ。言うまでもないけどタイ式は、身体全体を使って行う。肘をつかい膝をつかう。おおっぴらに股だってひらく。悪いけど超ミニワンピースのようなロングTシャツに向かない仕事である。ていうかお願いだからスパッツでも履いてください。
そんな心境を知ってか知らずか、だいたんに施術が始まった。まずは左脚から、続いて右。脚の付け根をそこまでさするか?うつ伏せになった尻をそこまでして揉むか?だがぼくはなすがまま、されるがままだった。まな板の魚か、川面に浮かぶ木の葉のように。イタ気持ちいいのか悪いのか、よくわからないなかそこはかとなく敗北感が漂う。女性がよく言う、キライな男に抱かれる気持ちというやつだろうか? 太ももの感触が腕や手のひらに生で伝わり、胸の膨らみを背中に感じる。自然のものではないはずだが。ところでアレはついているのだろうか、とっちゃったんだろうか?気にはなったが確かめたくはなかった。
そこはやめて!
ぼくは映画館でもマッサージの途中でも寝落ちする常習犯であるが、今回ばかりは眠らなかった。だけど目は閉じていた。途中怖いもの見たさでうす目を開けると、にっこり微笑むオカマちゃんの顔が近くにあった。微笑みの国、タイ。負けじとぼくも微笑み返すのだった。仰向けにされ、ヘッドマッサージ。頭はおかまの膝枕。微笑みを返してしまったのはそんなシチュエーションである。誤解されなければいいがと思った瞬間、するするっと胸を揉まれ、乳首をくるりと指でさすられた。お客さま、困ります!違う逆だ!
チェンマイ滞在中、店の前をなんども通りかかったが、店内に客の姿を一度たりとも見なかった。わからなくもないが、ニッチなニーズには応えられるような気がする。
誰か行ってあげて下さい。
▲ NICE MASSAGE , Prapokklca Rd., チェンマイ