カウナス駅を17時20分に出発した電車は比較的あたらしい車両だったが、とんでもないローカル線だった。動いては停まり、またうごく。無人駅はあたりまえ。ときに民家の庭先にさえ停まることもあった。停車駅には囲いすらない。ホームから降りるとそのまま家の玄関、といった感じである。便利にちがいないが、子どもやペットが飛び出しやしないかと心配になってくる。電車はまた森のまっただ中にも停まった。民家も駅舎もない。ただ駅名が書かれた看板とホームがそこにあるだけ。シュールである。ふいに森のくまさんが乗り込んできても不思議に思わないんじゃないか。切符を拝見にきた車掌さんの背中は熊のように丸く大きかった。
リトアニアは森の国だ。
人口は290万人。横浜市民数より少ない。2000年には340万人いたというから、15年間で15%も減ったことになる。森のなかにあったホームだけの駅も、かつては周囲に民家があったのかもしれない。これはバルト三国共通である。人が減り続けていく美しい国々・・・
首都ビリニュスは、おどろくほど清潔で美しい都市だった。タリンやリーガを見て回り、それなりに目が肥えているはずだが、なお美しいという印象である。おまけに街中にただよういい香り。花だろうか? あるいは森からだろうか。
▲ 聖ミカエル教会のファサード
▲ 陽が落ちてくるとますます幻想的に輝きます
▲ まるで人形劇のようにカラフルな家並みが続きます
▲ ウジュビス通り ヴィリニュスは坂の多い街、だから距離や角度によって表情が変わり飽きさせません
▲ 夕日を浴びる聖ヨハネ教会
もしカウナスからの電車が乗ってきたものより遅ければ、夕暮れの街を見ることはなかっただろう。電車は1時間に一本もなく、翌日の午前にはヘルシンキへ飛ばなければならなかった。ホテルに荷物を置くなり、すぐに街を見下ろせる丘へと向かった。ゲディミナス塔。つるつるすべる石の歩道を蛇行しながら登った。
▲ ゲディミナス塔 閉門が19時だったため中には入れず残念. 翌朝トライすると開門が10時でこれまた入れず
▲ 賑わうビリエス通り 遠くにゲディミナス塔も見えます
▲ 夕暮れの旧市街の景観、手前は聖ヨハネ教会の鐘楼
▲ 聖ミカエル教会
▲ 森のなかに赤い屋根が映えます(あえてミニチュア風に撮影)
▲ 暮れなずむ新市街側、高層ビルもあります
町中を走るトローリーバス。でもそれは大通りだけで、裏路地に入ればほとんど車は走っていない。道の真中を歩き、遠くからタイヤが石畳をうつ音が聞こえてくれば、そっと歩道のようへよける。そのようにして飽きることなく街をさまよい歩いた。角を曲がるたびに写真に撮りたくなるような情景に出くわす。これは他の二都市に共通することだけど、ヴィリニュスの場合はほんの少しだけ空気感がちがっていたように思う。あの空気をカメラで写しとろうと試み、なんどもシャッターを切るがそう簡単にはいかない。撮り逃がし、また撮る。その繰り返し。気がつけばとっぷりと日が暮れていた。
▲ ベルナルティス通り 旧市街から新市街へと
▲ 賑やかな通りでもゴミがひとつも落ちていない
▲ 大聖堂(アルキカテドゥラ)の向こうに日が沈む
▲ 小路地に迷い込んでも身の危険を感じさせないものがある
朝は4時には起きて街に出る。
サマータイムのせいで夜は長いが、朝は短い。6時から6時半までのわずかな時間。それを超えると、あっという間に真昼のように明るくなる。マジックアワーはそれまでの一時間だけである。あの神の慈悲のような光加減、写真を撮っていて楽しいのもこうした時間帯である。
▲ 夜明けの門通り 聖テレサ教会から市庁舎へ向かう道を通勤者とともに歩く
▲ いい香りがするのは窓辺に飾られた花からだろうか
▲ 市庁舎広場に18世紀のゴシック式の塔が立つ
▲ 聖三位一体教会の壁画
▲ 聖三位一体教会の朝の礼拝堂 厳かな気分になりました
▲ ベルナルディン教会を見上げると青い空にいくつもの尖塔が
▲ ニットを着た木がいくつか見られます 画材店のマスコットらしいのですが
▲ 花を愛でる都市に悪人は寄りつきにくいものです
▲ 坂が多いから、ディスプレイ窓もこんなかんじ
首都ヴィリニュスだけを見て判断できないけれど、これだけ街の景観を維持するのは並大抵ではないと思う。建物のペンキも剥がれたらすぐ塗りなおしているようすだったし、石畳にしたって欠けることなくびしっと平らに敷かれていた。 清掃員が目立つわけでもないのに路上にゴミが落ちていないのもすごい。きっと市民一人ひとりの心がけだろうと思う。ここまでメンテナンスが行き届いているのはドイツやスイス、あるいはそれ以上のレベルである。一見、金持ち国だからだろうか?などと思ってしまうかもしれない。だがリトアニア人の平均給料は公務員で10万円、エンジニアで12万円、看護師などの専門職が8万円程度ときく。しかもこれらは税前の金額。少なくとも日本や西欧諸国に比べても半分以下である。決して裕福ではないが町をきれいにし、花を飾ることを忘れない国民性。きっとモラルと誇り高い国民性なのだろうことが伺える。
いっぽうでリトアニアは不名誉なことに自殺率が高いことでも有名である(2013年世界第二位)。気候とアルコール摂取量によるものとも聞くが、街の景観からみられるように「表向きはきちんとしなくちゃならない」という表裏ギャップが、影響をおよぼしているのではないか。いわゆる世間体を重んじるところ。繁華街でも騒ぐ人は少なく、みなおしなべておとなしい。清潔で世間体を重んじ、おとなしい国民性。まるで日本人のようではないか。
住んでみたくなったのはそのせいだろうか。
住まずともまた来ると思う。
ひとまずさようなら。
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