窓の外、回るプロペラをみている。
高度を下げ、窓の下半分が赤いサハラの大地に変わる。どすん、着陸した。アルジェから古いオアシスの都市、ガルダイアは南へ600kmほどの内陸にある。サハラ砂漠にうかぶ小さな空港。タラップをおりて3分も歩けば、空港を通り抜け、ターミナルの外に出られる。しつこいタクシーの勧誘があるのがふつうだが、それはなく、むしろ2台のタクシーめがけて客が殺到。預けた荷物もなく迎えの人と抱擁する必要もないぼくは、最初の客としてタクシーに乗り込んだ。値段の交渉をするまでもなく「ガルダイア市内のホテルまで」と告げた。どうせ2、3軒しかやってない。選ぶ余裕などない。それにぼくの他に観光客などいないことはわかっていた。
アルジェリアのビザを申請するとき、訪れる全ての場所名を日程表に書き、航空券とホテルの予約バウチャーを添付して申請しなければならなかった。このとき、なぜかガルダイアが日程にあるとアルジェリア政府はビザを発給しない。それであらかじめ適当な日程表をこしらえ、エクスペディアで適当に予約した控えを使って申請していた。ビザが取れると、予約したホテルは最初の一泊を除き、すべてキャンセルした。ホテルは現地で探すから面白いのだ。もっとも、ひとりだからできるのだけど。
そんなわけで、ガルダイアを旅行する外人観光客はまずいない。少ないホテルも部屋を持て余しているにちがいないと思った。心配なのはホテルが閉鎖されていることだったが、運転手はすでに車を走らせている。流れに任せるしかないのだ。
運転手は相当ワイルドであった。
運転も、それから態度も。フランス語と片言の英語。前方を睨んだまま「あんた、観光かい?」と訊いてきた。そうだ。と答えると「それは問題だ。あんた、来るべきじゃなかった。」という。車はすでに街の中に入っている。ぼくがだまっていると「これ、プロブレム」といった。 運転手の指す方に目を向けると、倉庫のドアに大穴があいている。爆破物か鋭い刃物のようなもので裂かれていた。「これもプログレム」今度はお店のシャッターがやられていた。こめかみが脈打つのが感じられた。
車が止まった。
思ったより大きなホテル。あたりはすでに暗くなっていて、通りには人はいない。遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。大地から熱が伝わってきた。万が一のため、運転手にチェックインが終わるまでここで待つよう伝えた。金はそれから払うと。
部屋が用意でき、運転手に礼を言って帰した。
シングル一泊、3600ディナール。5000円弱、理想的である。部屋にバスタブはなかったが、日没後だったのでレストランで夕食にありつけた。何かの選手たちが大勢食事をとっていた。ちょうどテレビではW杯の決勝をやっていた。
▲ チェックインしたホテルの部屋
部屋のシャワーはお湯が出なかった。お湯どころか、水も出なかった。フロントに電話をかけ、そのことを伝えると「プロブレムなんだ」と言われ、明日には直るからと答えてきた。なるほどここは砂漠のまん中で、水は貴重なのだ。仕方なくペットボトルの水で歯をみがき、顔をゆすいだ。朝も同じことをくりかえした。ついでに頭も洗おうかと思ったが、水は飲む方に使うことにした。
▲ 翌朝移動途中で。すでに気温は40度超え。
クタクタに疲れていたが、寝る前にひと仕事あった。
ぼくはステテコのままフロントに出かけ、明日この辺りを案内してくれるガイドとドライバーを頼むと告げた。フロントの男は、ガイドはいないが友達に頼めるか訊いてみると答えた。ありがとう、とぼくはいい、できれば英語がしゃべれる奴を、とお願いした。
翌朝、指定の時間にやってきたのは日本人の平均英語力よりもひどいガイドだった。ぼくは仕方なく筆談に切り替え、で、あなたも同行してくれるの? と訊いてみた。いや、とその男は言い、彼が案内するよ、ジェラバ姿の男を紹介してくれた。アラビア語とフランス語がしゃべれるが、英語はもう全然ダメという。ぼくは肩をすくめ、まさか取り替えてくれても言えないしね、と日本語でつぶやいた。
ドライバーの名は「ラクダ」といった。
聞き返したが、やっぱり「ラクダです」とこたえてきた。それがこの町にきてから初めて面白かった出来事だった。
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