人生の折り返しも過ぎれば、晩節のほうがむしろ近い。はやいものである。そんなこともあって居酒屋におじさんたちと集って飲めば、つい「次に生まれるならどこがいい?」的な話題でもりあがる。「あのときこうだったらきっといまごろは」的な人生シミュレーションを始めるものもいれば、ついには「やりなおしたいんだよね」と涙目になるおじさんもいる。
つぎ生まれたら何ジンなんだろ?とぼく。
「日本に生まれて幸運だったね」という話になったとき、ふいに口に出る。北朝鮮はここからあんがい遠くないが、もしそこで生まれていたならいまごろどうなっていたことか? 酔いがいっぺんに吹き飛ぶようだ。ふだんは会社や社会や奥さんの文句ばかり言っているおじさんたちも、日本に生まれたことは僥倖(ぎょうこう)だったと思っている。だれもが生まれた時代や場所を選べなかった。たまたま北朝鮮人であり中国人でありシリア人であり日本人だったのだ。
じゃあ、日本人に生まれる可能性は?
ただちに話はとぶ。
2014年3月現在、世界人口は71億人。このうち日本人は1億2千万人である。ということは1.6%、というのがその確率だ。宝くじ当選よりはずっと高いが、それにしても低すぎる。インド人としてなら17%、中国人としてなら19%である。「五分の一かあ・・」と誰かがつぶやく。「空気と水はタダじゃないんだよな」神妙な顔して別のおじさんがいう。テーブルを囲んでいるのはちょうど5人。このうち誰かが中国人でもうひとりがインド人に生まれ変わるところを想像してみる。だがこのタイミングでは生まれ変わるどころかまず、死んでない。
2050年あたりでみるのが妥当ではないか?
言われるまでもなく、さっそくチェックである。はやい話がググる。これからも人類は増え続けるが、日本人は減る。はたして予想は世界人口96億人に対し日本の人口は9千7百万人とある。だとすれば確率なんと1パーセント。日本人として生まれる競争率は100倍に上がる。
「まず当たらないな」と誰かがいう。
「日本、いい国だったよなあ・・」
いつの間にか過去形だ。
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