東南アジアに、とりわけマレーシアに関心を持ち始めたのが1年とすこし前。去年の9月にクアラルンプールへ飛び、そのまま一戸サービスアパートメントを買うことを決めた。普通の人はそれまでに勉強し調査や検討を行うが、ぼくの場合、購入を決めてからそれらを始める。だから失敗もする。失敗から学ぶタイプだ。思えばそんなことばかりの人生である。
マレーシアのイスカンダル計画を知ったのは実はずいぶん前だが、壮大過ぎて計画通りには行かないだろうと個人的に思っていた。わりと楽観的なぼくでもそうだから、事情に明るい現地の人達はそれ以上だと思ったら、意外とそうでもない。「遅れるだろうけど計画そのものは遂行される」と信じているふしがある。理由は、2年前からシンガポール人が不動産を積極的に買い始めたからかもしれない。購入者の割合は、マレーシア人50%、シンガポール人40%、残りが日本人などの外国人だという。シンガポールとジョホールバルは近いところで2kmしか離れていないが、不動産の価格差は平均4倍以上ある。高いのはもちろんシンガポールのほう。ここは世界でもっとも富裕層が多く住む国であり、さらに外国人富裕層が増え続けてもいる。
現地でぼくを案内してくれたのはマレーシア人ののび太くんと、上海出身のしずかちゃん。もちろんあだ名である。のび太くんは5年前は痩せていて本当にのび太くんそっくりだったそうだ。またジョホールバルには「しずか」というレストランがあり、その奥には「ジャイアン」という冗談みたいな名のカラオケ屋があると、しずかちゃんが教えてくれた。「うそだろ?」と思っていたら、高速道路のわきに店の看板が見えた。
毎日シンガポールと行き来する人々は10万人、そのうち何割かは通勤している。安いジョホールバルに住み、シンガポールの会社に通うのだ。結ぶのはたった2本の橋。おかげで渋滞がひどい。「朝4時半に起きて3時間かけてクルマで出勤している人も多いです」とのび太がいう。往復6時間である。空いてれば30分で行けるところを3時間運転して(そのほとんどは停止しているのだけど)通う執念にたじろぐ。シンガポールの自宅を賃貸に出せばマレーシア側での生活費をまかなえるうえ、余剰資金ができる。なるほどこれが執念の源泉である。
さてジョホールバルの街の印象は、なんだかすすけた感じである。どの建物も古くメンテナンスが中途半端にみえる。道路の脇は草がぼうぼうでおせじにもキレイとは言えない。朽ち果てているとまではいかないまでも、クアラルンプールからみればただの地方都市で、シンガポールには遠く及ばない感じである。このギャップこそが成長の伸びシロなのだけど、はたしてどうなのか? ここは想像力をたくましくするほかない。30年前の日本の地方都市、あるいは20年前の中国広東省の都市がどう伸びシロを埋めていったかを。
出来たばかりのイオンにむかってクルマが渋滞している。ジョホールバルは他に古いショッピングモールしかなく、その需給ギャップに驚かされる。ただでさえ混むのに、さらにシンガポールからの買い物客が加わる。ここの物価はシンガポールの半分か、3分の1。長い渋滞をがまんして馳せ参じる甲斐があるというものだ。ジョホールバルのサラリーマンの平均月収は約9万円、世界平均7万円よりは上だが、クアラルンプールの15万円と比べてもかなり安い。シンガポールは約33万円だから相当差があるし、不動産価格が4分の1というのも妥当なのだろう。ちなみに日本は約22万円、先進国の中でも(いつのまにか)低くなっていた。
それにしてもマレーシア人にせよシンガポール人にせよ、不動産への関心はただごとではない。各地で目につくのはデベロッパーの事務所。基本的にプレビルド物件を中心にどこも盛況で、1人でいくつも買っている投資家がいる。来年は値上がりして手が届かなくなるかもしれないという焦りもあるようだ。事実、この辺りの不動産価格は1年で軽く2倍を超えたという。いささか上がり過ぎという感じがしないでもない。「まだまだ上がる」と関係者は口を揃えるのだが。
▲ 最初に見学したダンガーベイの物件。できているのはクラブハウスと敷地の一部。2016年の終わりには、ぜんぶで9000世帯3万5千人が住める巨大なコンドミニアムが建ち並ぶことになる。
▲ 精巧なコンドミニアムの模型。目当ての物件の位置や見え方を確認できる。
▲ 施設内を視察中のなおきん。ここにブランドショップがずらりと並ぶんだそうな。日差しは強く、照り返しも強い。あっという間に日焼けした。
2025年までに人口がいまの173万人から計画通り300万人に増えれば、いまのままじゃとても住居が足りず、モノの供給が少なすぎる。だが実現には、そこまでの経済基盤、とくに雇用機会を増やせるかにかかっている。 計画では2025年までに81万人もの雇用機会がこの地に生まれ、予想平均年収を31,000USドルに達するとある。なにをもって実現するのだろうか? 中国の都市人口が増えたのは、そこに就職先があり、給料も上がっていったからである。中華系の人達に比べ、マレー系のひとたちにはいささかガッツに欠けるところも気になるところだ。
▲ アジアで最初のレゴランド
▲ いまは青空が見えるこの辺りに、2017年にコンドミニアムなどの複合施設が竣工。景観は一変するはずだ。
▲ 検討している物件はバルコニーからレゴランドが正面に広がる。模型だとこの辺り。
▲ ミニチュアをミニチュア風に撮ってみた。かえって本物っぽくみえるかなと
▲ 空中庭園とプールが3つのエリアに沿って併設。オフィスビル群、ホテル、住居という複合施設である
建ってもいない物件を視察し、シンガポールへ向かう。
相変わらずの大渋滞。特に国境付近はすさまじい。やっぱりここを毎朝通う人たちの気が知れない。ともかく拡大するシンガポールには衛星となる場所が必要で、住む場所がいまは4〜8分の1の価格で済むジョホール・バルはバーゲン力がある。この価格差が半分になるとき、ジョホール・バルの物件は2倍になるというシナリオだ。
▲シンガポールへの入国審査場。トランクを開けられ入念にチェック。これじゃ時間がかかるはずだ。
▲ おなじみマーライオン
▲ 超高層ビルが立ち並ぶマリナベイにて
シンガポールとの往復はタクシーを使った。相場は片道が約5000円。運転手はチョンさん。ジョホール・バルに戻る途中「美味しいものが食べたい」というリクエストに、ふだん自分でも食べているという海鮮レストランを案内してくれた。「ついたよ」というチョンさん。なんと自分も車を降り、そのままオープンエアの同じテーブルについてしまった。「おまえも座っちゃうのかよ」と思ったが、「大丈夫、自分の分は自分で払うから」とビールを注文する。まだこれから運転するというのに。
店は地元の人達で大いに賑わっており料理はとても美味しかったが、ビールのプロモーション・レディはお世辞にも、いやはるかに美人から遠かった。チョンさんの家族はシンガポールで暮らしており、自分は一人ジョホール・バルに住んでいる。「しょっちゅう家族とは会ってるよ」というチョンさん、なぜ一緒に暮らさないのだろう?
▲ 満面の笑みのチョンさんと、もはや「もうどうでもいいです」的なぼく
そのようにしてジョホール・バルの最初で最後の夜は更けていく。翌日あわただしく帰国の途についた。
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