田中さん*1は50代なかばのサラリーマン。
大手N社に務め、いまは役員をされている。
ぼくが香港にいた頃からの知り合いで
ごくたまに「よう、ひさしぶり」と
新橋か赤坂で待ち合わせて、飲みにいく。
いつものようにネクタイ姿であらわれる。
田中さんは夏でもネクタイを締めている。
クールビズだろうとなかろうと
ネクタイを締めたまま、はずさないという。
「なぜネクタイをはずさないんですか?」
とぼくはその理由を聞いてみた。
夏の暑い日、赤坂のアイリッシュパブ。
田中さんはビールを
ぼくはウイスキーを飲んでいた。
「ネクタイとったら、ただのおじさんだからね」
意外な回答に、グラスを持つ手が止まる。
ただのおじさんだから?
ただのおじさん
ただのおじさん
ただのおじさん
ネクタイとったら
ただのおじさん
ただのおじさん
ただのおじさん
ただのおじさん
ただでやらしてくれるおじさん
ではなく、ただのおじさん
ジャストおじさん、無料のおじさん・・
しばし
思いを巡らさないわけにはいかない。
それが何十年もの間、夏の暑い日でも
ネクタイをはずさない理由なのかと。
「ネクタイとっても田中さんは田中さんですよ」
あたりまえである。
だのにまるでカウンセラーのようにいう。
いやいや、と田中さんは少し照れたようすで
ビールをぐびぐびと飲む。
ナッツをポリポリとかじる。
それから少し考える素振りをみせて
「もう30年になりますかな」という。
それは田中さんの社会人年齢なのだろう。
「じゃ、とってみてくださいよ
だだのおじさんじゃないですから」
そういうぼくに田中さんは
「ここでですか?」と訊く。
「はい、ここでです」
「恥ずかしいなあー」
思いつめたような顔をして
田中さんがネクタイをはずし始めた。
頬が赤く艶っぽい。アルコールのせいだ。
だがこれじゃまるで彼氏の前でブラジャー
を外す女子高生のような面持ちである。
だんだんめんどくさくなるぼくは
視線を外し、ウイスキーを一口。
とにかく外し終えたら
ほらやっぱり意外と似合いますよ
と声をかけ、さっさと話を変えよう。
そう決心し顔を上げる
ただのおじさんだった。
原因不明の偏頭痛に昨夜から悩まされてます。数年前に一度、あったような気がするけど。1分に一度くらいの割合で、とつぜんギリギリギリリ・・!と頭を痛めにやってきて、もときた道をふたたび去っていきます。それはまるで押しては返す波のようです。これはツラい。仕事になりません。あなたも気をつけてくださいね。
__
*1:仮名
最近のコメント