リヴィウから移動する先をヤルタにしようかと少し迷ったが、結局名前でオデッサに決めた。名前だけは、日本人にも馴染みがある。でもそれが黒海に面した港町で、ウクライナ第二の都市だということはあまり知られていないかもしれない。
ぼくにとってオデッサから想起されるのはなんといっても1925年のソ連映画『戦艦ポチョムキン』である。ソビエト連邦が樹立したのがその3年前、ゆえに「労働者よ団結せよ!」的なメッセージにあふれたこの映画は、コントラストが暴力的に強めのモノクロで、もちろんトーキー映画である。映画に登場する女性はどれも目の周りが真っ黒で、恐怖映画のように怖かった。
問題のシーンは第四部、オデッサの階段シーン。広い階段を大勢で逃げ惑う市民たち、それを無表情な兵士が横一列になってゆっくり階段を下り、市民らに発砲する。銃弾に倒れる市民、泣き叫ぶ市民、少年が撃たれその上の人々が踏みつぶしていく。母親が撃たれ、泣き叫ぶ赤ん坊を乗せた乳母車が階段を転げ落ちていく。この衝撃シーンは一度見たら忘れられない。この映画は当時、戦前の日本でも上映されたが、残酷すぎる部分はカットされた。カット無しバージョンはようやく1977年になってからである。もちろんぼくはこっちの方を見たのだけど。その階段は映画にちなんで『ポチョムキンの階段』と名付けられている。
機動戦士ガンダムのオデッサ作戦、国際スパイ活動のオデッサ・ファイルなど、「オデッサ」という語感はなにかしらスリリングでエキゾティズムにあふれている。紀元前に古代ギリシャの植民都市、オデッソスがその名の由来で、18世紀の終わり、帝政ロシアの南の玄関口として街づくりが進んだ。新興の国際貿易港にふさわしく、ギリシャ、ドイツ、イタリア、ユダヤ、それぞれの商人が活躍するメトロポリタン都市であある。国際スパイだって暗躍したことだろう。これには日本も少なからず関与している。
オデッサにはかつて日本領事館があった(1902-1934)。設置されたのは日露戦争の2年前である。いざ戦争が始まれば日本の連戦連勝。ロシア海軍もバルチック艦隊が日本海海戦で全滅。旅順湾に停泊中の極東艦隊は、奪われた203高地からの日本軍からの砲撃で壊滅。唯一残った黒海艦隊は、戦艦ポチョムキンで水兵の暴動があり、市民へ発砲を拒否してルーマニアへ逃亡をしてしまった。
映画『戦艦ポチョムキン』はこれを題材に作られた。しかもこの水兵の反乱を裏で支えていたのはなんと日本政府。明石元二郎大佐を通じて支援金を流していたという。戦争に勝つには戦闘だけでなく、スパイ活動を含めた高度な政治的駆け引きも必要なのである。
▲ 映画『戦艦ポチョムキン』市民虐殺シーン
▲ 映画『戦艦ポチョムキン』乳母車が転げ落ちるシーン
▲ いまのオデッサの階段(ポチョムキンの階段)
▲ 階段の上からは軍艦が見えます。ソ連時代において港の写真を撮ろうものなら、警官に腕を捕まれフィルムを抜かれていたもんです。
そんなオデッサの階段(ポチョムキンの階段)をゆっくりと下り、折り返して登ってみた。下から見ると堂々と安定感があるのは幅が裾広がりになっているからだ(最上段12m、最下段21m)。階段の両脇には鷹や孔雀を連れたエンターテイナー達がいて、観光客に写真を撮らせては金をせびっていた。
▲ 土産物のワゴンから黒海を望む
▲ 階段の上にはオデッサの港や街づくりに貢献したフランス貴族、アルマン・E・リシュリューの銅像が。オデッサの街並みがどこか南仏を思わせるのは彼の功績によるものだったのかなとふと思う。
▲ 海を見下ろす丘に立つオペラ・バレエ劇場。今回訪問した3つの都市にはどれもオペラ劇場がありました。
▲ 黒海を見下ろせるプリモールスキー並木通り。緑がキラキラしています。
▲ 並木通りではサボる警官たちの姿も
▲ 市民の皆さんはこの像の手を握ってました。横の女神のおっぱいは触られすぎてピカピカに!
▲ オデッサのマンホールの蓋。踏むのがはばかれるくらいステキ。でもマンホールって単語、使うたびになぜか恥ずかしいです。
▲ こういうアール・デコ調のアパートを見るとつい、心ときめきますね。きゅん!
▲ 港を眺めながら世間話をするおばさんたち。ブルースが聞こえてきそう。
ウクライナに来てからここのところずっと歩きっぱなし。翌朝も足の疲れが取れず、足の指は腫れあがり、いくらでも歩けた昔のようにはいかない。日ごろの運動不足と、齢をしみじみ感じるところである。足を引きずりながらホテルへ戻り、フロントで「どっかで自転車を貸してくれるとこ知らない?」とダメもとで聞くと、「あるよ」とセキュリティの席に座っていたオジサンが立ち上がり、自分のを貸してくれた。
言ってみるもんである。
▲ エスプレッソマシーンに惹かれて店に入り、お腹がタプタプになるまでコーヒーを。
▲ ウクライナでは犬にリードをつけなくてもいいんだそうです。自由ですね。日本だと許されないですけど。犬にリード、亭主にもリード、サラリーマンにもリード。
▲ しかし愛にはしっかりと鍵を。恋人たちや新婚が愛を誓い、ここに施錠していきます。別れたカップルのものも残されたままなんだろうなあと思いつつ。
そんなオデッサで取った宿で、あろうことか霊に遭遇。
こんなにはっきりと霊の存在を感じたのは何年ぶりだろう。部屋で寝ていると地震で目が覚める。だけど部屋は揺れておらず、がたがたと揺れているのはぼくが寝ているベッドだけだと気づく。突如、落雷のような恐怖が身体をつらぬく。声にならず、身動きがきかない、動かせるのはまぶただけ。目をぐっと閉じ、霊の存在を無視しようとした。相手にすると厄介だからだ。だが霊は去らない。異臭がして男の気配。よほど強い霊だったのだろう、無視しつづけるぼくに実力行使、髪の毛をむんずと掴んできた。血が凍るとはこのこと。無限のような時間が過ぎ、ようやく身体がふっと軽くなる。どうやら去ったようだ。朝まで眠れず。誰かとぼくを勘違いしたのかもしれない。まったく迷惑な話である。
▲ これがその問題の部屋です。フロントに言おうかどうか迷ったけど、言わずにおきました。気になる人はどうぞ。306号室です。
オデッサの怪談 でした。
いや、オチをつけたかったわけじゃないけど。
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