以前ひさしぶりにニューヨークへ行ったとき、地下鉄がキレイになっていることにおどろいた。その前に行ったのが80年代の終り。いささか昔すぎるが当時、地下鉄は落書きだらけで、構内にはブレイクダンスを踊るストリートダンサーたちが大騒ぎをし、私的な用心棒たちが徘徊していた。「ひとりで地下鉄に乗らないこと」ガイドブックにはもれなく注意喚起されていた。
キレイになった地下鉄に乗り、普段からのクセで車両内のプレートを確認すれば、なんとそこに”Kawasaki”の文字。そう、ニューヨーク市営地下鉄のトップシェアは川崎重工製なのだ。もっとも製造はアメリカ国内。それまでアメリカの大都市を走る車両はたいていカナダ製(ボンバルディア社)のものであった。
カワサキ製車両は落書きがしにくいのだという。ステンレス製で、汚れがモップで軽く拭き取れる。いっぽうカナダ・ボンバルディア製はステンレスを車体に組み込む技術がなくアルミ製、塗料が外板に染みこみやすいのだ。これが決め手となった。落書きとは不思議なもので、あれば増えるし、なければなくなる。人の心理的な要因もあって、街から落書きが減ればそのぶん治安が良くなる。だから落書きされたらすぐに消すことが重要だ。書いてもすぐに消されては、書くほうだってやる気が失せるだろう。ある意味、日本の技術がニューヨークの治安回復に役立ったのだ。
ちなみに、かつてお世話になった香港地下鉄MTR車両も、ほとんどがカワサキ。香港と中国国境を結ぶKCR車両も同じくカワサキであった。日本と違い、座席はステンレス製でつるつるしている。いささか快適さには欠けるが、車内でモノを食べる中国人対策にはよさそうである(車内で子どもにおしっこをさせる中国人をみたことがある)。
そんな川崎重工も中国向けに車両を売らなくなった。
中国国鉄による新幹線の技術盗用がきっかけである。技術を盗むだけでなく、その技術で外国に輸出しようとまでした。中国は国営、民間を問わず、こういう契約違反を平気でやる。個人的にも泣かされた。香港で作ったぼくの会社は、これで中国で商売ができなくなった。リスクヘッジをしていなかったのはこちらの落ち度だけど、とにかく大損こいてしまったのだ。それまで商売していたヨーロッパではどんな小さな会社でも契約は守るから、ぼく自身スポイルされていたのかもしれない。
2050年までに世界人口は90億人へ急増する。
数百万人以上のメガ都市も次々に増えるだろう。大気汚染や渋滞、駐車スペースの問題から、今後クルマの所有や稼働については制限される。いまのシンガポールのように。地下鉄などの大量移動システムは今後ますます必要になるが、誤差一分以内に発着できる交通システムを実運用している国は、世界でも日本だけである。いくつもの鉄道会社による相互乗り入れ運行なんて芸当は、他国ではまず不可能だ。たいていの都市の地下鉄は「およそ5分ごとに到着」のようにアバウトで、時刻表というものがないからだ。
日本の車内アナウンスはいちいちうるさく、耳障りでもあるが、それでも「1分遅れての到着です。お急ぎのところ大変御迷惑をおかけし申し訳ありません」という車内アナウンスができるのも、高いサービスがふつうに維持できていてこそである。乗車中、共に出張で来日したドイツ人客から「何をアナウンスしてますか?」と訊かれ、以上のことを伝えると巨体を揺らしながらうなっていた。時間の正確さを誇るドイツ人も、日本の鉄道システムには負けるかもしれない。
中国もどうせ盗むなら、日本のきめ細かなサービスや思いやり、結んだ契約をちゃんと守る慣習をこそ盗んでほしい。中国人がルールを守るようになるだけで、世界はずいぶんまともになる気がする。
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