遅いランチをカウンターだけのお店でとる。
3時を過ぎれば他にお客は少ない。ぽつりぽつりと女性と男性が二人ずつ、それぞれひとりで食事をとっている。例外なくスマホかケータイをいじりながら。「飯を食べてる時くらい・・」と思う。
若い女性が肘をついてスマホをいじりながら食事をしているさまは、いささか興ざめなところがある。着飾っていたならなお悲しい。そんなことを気にする自分はオヤジになったとつくづく思う。彼女たちからしてみれば、そんなことで自分の魅力が下がろうが上がろうがどうだっていいかもしれない。右手でフォークを持ち、左手でスマホに入力している。むしろ器用さを褒めるべきなのかもしれない。
むかし読んだ小説に、食事と性交が逆転した世界を書いたものがあった。つまり「性交」は人前でも普通にするのだが、「食事」を公共の場ですれば公然わいせつ罪で捕まるという内容。背景に世界的な食糧危機があったりと、なかなかシリアスなストーリーであった。
その小説は極端だとしても、あんがい食事するところを見られるのって恥ずかしいことなんじゃないか。と思うことがある。食事は食欲を満たすためにあり、食欲は人間の三大欲望のひとつ。あとの二つは「人前で見せたくない」行為だけに、食欲についてもかなりプライベートなイシューである。
人間がものを食べる行為。
咥え、しゃぶり、噛み砕き、飲み込む・・
本能に直結するそれらの行為に、人はマナーを求め、与えた。食事マナーは日本もうるさいが、欧米はそれ以上にうるさい。パスタを音を立てて食べたからと、日本人上司を笑いものにするメールが社内を飛び交う。仕事の品位は食事に出るとされる。相手を見定めるための食事会などもある。
いっしょに食事をして楽しい人は、たぶん何をしても楽しい予感を与えてくれる。「この人となら・・」と相手に心を許すのもそんな予感だ。
化粧をしたり服装を整えたり、ダイエットしたり、コラーゲンを飲んだり。キレイでいたい努力を惜しまない女性が奏功するのは、結局のところ食べ方やそのしぐさ次第なんじゃないかと、ときどき思う。もちろん男性も。
■ ちびきちにっき
ぼくがまだパピーだったころは、いっしょにおフロに入ってフロフタにしいたタオルの上でくつろいでいたもんだけど、おとなになってからは、とうちゃんがでてくるまでこうやってダツイジョウでまってたりするんだ。なぜって、やっぱりとしごろだから、はずかしくなっちゃのかな。でも、どうせぼくはいつもはだかだけどね。
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