音楽に出会う機会が減った。
あるとすればiTunesストアくらいか。
かつては毎日のように通っていたCDショップに、立ち寄らなくなってどのくらい経つだろう?
再生した曲に合わせてオススメ曲を表示してくれる”Genius”という機能が秀逸で、「こだま和文」というアーティストのアルバムもそこで見つけた。視聴すればどこか懐かしい。2曲も試せば「間違いない」と確信。彼こそは、80年代に一世風靡した(とぼくは思っている)伝説のダブバンド『MUTE BEAT』の中心メンバーであった。
冷ややかなエコーの効いたクールなダブ音楽を、まだ20代で背伸びがちなぼくはすっかり虜だった。当時、毎晩のように通っていた吉祥寺のDiversionというバーでかかっていて、その店の内装や、飲んでいたジャックダニエルやボンベイ・サファイアの味ととても馴染んでいた。
店へはとときに女の子たちを誘い、一杯1000円以上するバーボンを飲みながら聴いていた『MUTE BEAT』がすごく懐かしい。それにしてもよくもまあ、お金が続いていたもんである。バブル時代は、払うお金がなければ借りてでも使うのがお約束。自分の財布になくても「金は余ってるんだから」と強気であった。
ぼくはもうあんなふうに酒を飲まないし、バブルな金銭感覚もない。歳をとればもっと酒を飲むものだと思っていたが、案外そうでもない。
大きくまあるい氷がウイスキーの表面からとびだした底の厚いロックグラス。大きな花瓶にツッコまれた巨大な花弁をもつよく知らない植物を下から照らし、天井に斑のシミを作っていた照明。周りの温度を2度は下げる、染みこむようなダブ・ミュージックはそんな店にとても似合っていた。冬のアイスクリームのように。
月日が過ぎ、Diversionもいまはない。
90年代なかば一時帰国した時に吉祥寺に寄り、同じ場所に違う名のバーを見つけて中にはいり、知らない顔の店主にDiversionのことを訊いた。店主は30代で他界したということだった。『MUTE BEAT』は、それよりもっと前に解散していた。
音楽は定点観測に、とても役立つ。
自分がどれだけ変わったか、変わってないか。
こだま和文のアルバムを3枚、立て続けにダウンロードし、しばらく部屋で流し、夜の散歩で残りをiPhoneで聴く。耳はなんでも受け入れたがるが、もはや無垢でも傷つきやすくもない。そうやって歳をとっていくのだなあ、とこのごろ何かとそう思う。永遠のアドレッセンスなどないのだ。
空に浮かぶ満月は、昔とちっとも変わらないのに。
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