とりあえずビールという徴税

f:id:naokin_tokyo:20120902111422g:image

 

350mlの缶ビールが、ドイツのスーパーで50円しないことに喜んでいたら、隣のオランダではもっと安く買えると知り、土曜日の午前中は決まってオランダとの国境まで買い出ししていた。こないだサッカーの大津選手が移籍したことで有名なVVVフェンロの本拠地、Venloがその国境の町である。タバコもコーヒーもミルクも野菜も、すべて安かった。車で往復1時間以上かかったが、まとめて買えば十分に元がとれた。1990年代のことである。

当時のぼくは20代から30代、日本に帰国するなんて思ってもみなかった。ヨーロッパの各地に移り住み、やがてそのどこかで死んでいくのだろうと考えていた。親にも、そう話していた。「産んでなかったコトにするよ」オカンは冗談ぽく笑い、たぶん心で泣いていた。

日本では「第三のビール」と称した発泡酒が売れている。理由は美味いからじゃない、安いからだ。メーカーの必死の努力でビールの味に近づきはしたが、やっぱりビールではない。みんながみんな田村正和のようには間違えない。そりゃそうだ。ビールの美味さは麦芽で決まる。ビールの麦芽比率は67%、発泡酒はたったの25%。ビールの半分以下である。

発泡酒麦芽の量がビールの半分以下で、値段もビールの約半額。となれば、それだけ麦芽の原材料費が高いのだろう。と思いがちだが、知ってのとおり、ただの税率の差である。

 

f:id:naokin_tokyo:20120902112826g:image
発泡酒とビールの違いとその税金額

 

こうなるともう、なにがなんでも麦芽比率25%以下にしないと、高くて買ってもらえない商品になってしまう。庶民の家計は苦しいのだ。こうして麦芽なら簡単に出せるあの味を、別の何かで代用しなくちゃならないメーカーもたいへんである。しかもドイツやオランダのメーカーはもちろん、日本以外の国ではまったく必要のない努力である。

そもそもなんでビールの税率があんなに高いのか? そっちのようがよっぽど問題である。酒税は本来、アルコール度数で決まる。度数が高ければ税率が高いし、低ければ安いというあたりまえの理屈。だのにビールは度数にかかわらず、1リットルあたり222円。果実酒(ワインなど)は70円と決められている。他のアルコール飲料に比べ、ビールの高さが際立っているのだ。

 

酒の飲めない人のことを「下戸」という。
由来はずっと昔の律令時代。高納税家庭を「上戸(じょうこ)」、低納税家庭を「下戸(げこ)」と呼んだことにある。酒税はそのころから課せられており、たくさん飲む人は高納税者である上戸、飲まない人は低納税者だから下戸というわけだ。

ビールが日本に入ってきたのは明治時代。当時はもちろん、贅沢品である。とくに「冷やさなくちゃ美味くない」というところがポイントだ。そのころはもちろん冷蔵庫なんてなかったから、飲む前に氷などを大量に使いながら冷やさねばならない。贅沢品なうえ、維持費もバカにならないのだ。ビールが金持ちしか気軽に飲めなかったゆえんである。

戦後、庶民レベルで冷蔵庫が普及してきはじめると「冷えたビール」の維持費はほとんど考えなくて良くなった。こうしてビールは庶民の飲み物となり、贅沢品でもなんでもなくなったのだ。消費量もどんどん増えた。

贅沢品でないのなら、税率もあわせて低くすべきだろう。そう考えるのがまっとうな政府役人と期待したいが、この国はそうではない。せっかくドル箱収入となったビール税収をみすみす失いたくないと考える。1984年の参院大蔵委員会では「我が国は消費税がないから酒税に頼るほかない」と答弁してみせた。1989年に消費税が導入されたがビール税は据え置き。今後消費税が上がろうとも、このままシラを切るつもりだろう。

それが役人というものだが、結果、ビール大びん(633ml)の値段は340円。このうち酒税は140円、加えて消費税16円にもなる。実に値段の半分近くは税金になってしまうが、これはアメリカの12倍、ドイツのなんと22倍である。その意味で、日本のビールは宝石並みの贅沢品のまま。それだけ税のとりやすい酒なのだ。

テレビをつければビールのCMばかり。
さすがに発泡酒のCMも増えたが、戦後一貫して繰り返されるビールCMが奏功したのか、居酒屋では「とりあえずビール」の大合唱。別に役所の陰謀ではないだろうけど、ささやかな抵抗もあって、帰国後ぼくは日本ではほとんどビールを飲まない。

 

というのはもちろん、ただの屁理屈であるが。

 

f:id:naokin_tokyo:20120715164634j:image

最近飲んだビールの中でもっとも美味しかったのはバクーのドイツ料理店で飲んだ「バクースペシャル」。滞在中、毎晩飲んでました。チェコ産のホップが効き、麦の香が鼻孔をつきぬけ、喉が踊ります。

9 件のコメント

  • 横浜市議会議員の伊藤と言います。もうかれこれ、6年前からブログを楽しみに拝見している一読者です。

    今回のビール税の話、その通りなんですね。ビールは半分くらいが税金ですから。僕の仲間が麦芽党(http://bakugatoubeer.web.fc2.com)というコミュニティを作って、活動しています。

    同じことを考えている方がいるのが嬉しくてコメントを残しました。国政政党の選挙公約に入れてもいいくらいのテーマだと思っています。

  • なおきんさん

    私はびーる党に所属しています。なおきんさんの
    赤ワインの反応ほどではないですがワインは好きでは
    ありません。しゅわっとはじけて欲しい派なのです。

    日本のかつて地ビールといわれたモノたちは、
    クラフトビールと横文字に変えてあちらこちらで
    がんばっています(都内にはここ数年でぐぐっと
    お店が増えています)。

    やはり、びーる関係の雑誌などには酒税のことが書かれており、大人の事情もあるのだろうななどと思っています。
    取れるところから税徴収、いらない支出はカット(議員さんの
    お給料とか?)すればもっとびーるがおいしく飲めるのに。

    なおきんさんが日本でぐびぐびたくさんビールを飲める日が
    来る事を願っています、いや私がもっと飲みたいだけです

  • 「ビール」の定義に厳しいドイツに住んでいた者として、発泡酒、第三のビール等には「ビール」と名乗ってほしくないですね(^^;)これらの飲料は飲もうとも買おうとも思いません。

    以前試しに2回ほど飲んでみましたが、2回ともたった350mlで次の日頭痛がしました。混ぜ物の多い酒ほど悪酔いするというのは当たっているなぁとその時思いました♪

  • ドイツのビールを出す店(店構えもドイツのそれのような)が増えていますよね。友人は、あるお店のビールをベタ褒めしていました。
    私にはお酒の旨さというのが全く分からないのですが、もしかしたら、なおきんさんや、上記の方のおっしゃっている事なのでしょうね。
    いずれにしても、日本の(外国を知っている訳ではないのですが)税金の使い方も、徴収の仕方も理解し難いモノがあります。酒税に限らず、ですが。

  • 伊藤ひろたかさん、一番ゲットおめでとさまです!「6年前から」アクセスしていただいていらっしゃるとのこと、ほんとうにありがとうございます。文中、「政府役人」などと一把一絡げに批判してしまい失礼しました。伊藤さんをはじめ多くの議員さんが「フェアであろうとされている姿勢」には敬意を表します。「麦芽党」いいですね!応援させていただきます。

    ——————————-

    わんわんわんさん、

    日本の酒税法はほんとうに複雑で、何度読み返してもよくわからないし、現行事情を鑑みたものとは思えません。家で梅酒を作りすぎて近所に配っただけで、10年以下の懲役というのは、おかしい。地ビールや地酒などは地方経済活性化にもつながるし、もっと日本が元気になるように制度を見直す時が来たんじゃないかと思います。

    ——————————-

    riesenmausさん、

    そうですね。いまはとりあえず「ビールのようなもの」という定義ですが、飲む方も作る方もなんだかややこしいですね。酒税法のほか、ホップの代わりにコーンスターチなどで代用しすぎた「ビールのようなもの」を多飲すれば、悪酔いしがちかもしんないですね。

    ——————————-

    ラム子さん、

    実は日本人の舌はとても肥えていて、世界中のマーケッターが商品開発を日本で行うようになったほど。だからビールにしたって本場ドイツに負けてない。数社が大量生産する日本のビールに対し、ドイツやヨーロッパで飲むビールのほとんどが地ビール。レーベンブロイやベックス、ハイネケンなど有名どころはほとんどが輸出用。うまいビールはやっぱり地ビールですね。地元ミュンヘンで飲む、パウラナーの濁りビールなんてもう、ほんとにうまいです。

  • 麦芽党のホームページを拝見しました。
    おもしろ〜い!
    私も応援します。
    ビールをジュースのように飲める日が、日本にもいつかきますように。

  • 僕は断然ビール派です。毎晩とは言いませんが、晩酌はビールと決まっています。
    何度か頂いた発泡酒や第3のビールを飲みましたが、後味がつらくて350ml飲むのもやっとでした・・・。発泡酒を飲むくらいならドライビールがまだましですし、どうせドライビールにするのなら、エビスビールやハートランドを飲むという洗濯です。妻から「高いなぁ」と愚痴を言われたりもしますが、「飲んで帰るより安くつく」と言ってはビールを買っています。
    庶民のためにもビールの税金を下げてほしいものです。
    ついでにドライブ好きの僕からすればガソリン税も公約通り下げてほしいものですが・・・。

  • risaさん、
    ですよね>麦芽党。ジュースのようにビールが手頃になるといいですね。
    ———————-
    mu_ne_2さん、
    「上げてばかりいないで、下げてみては?」とは日本の税金。経済成長すれば税率が低くても絶対額は増えるんだから、と順番を考えてほしいものですね。きょうも元気だビールが美味い!ビールがうまい国に成長あり!ということで。

  • なおきんさんこんにちは。
    ごめんなさいね、わかりづらくて。こないだのポリフェノールでコメントしたきたむらはこの前まできたむでコメントしていた私です^^;
    名字のほうがしっくりくるので変えてしまいました(^o^)

    ところでビール、私もおととい友達と焼き肉行きましたが、思わず頼みましたよビール笑 言われてみれば徴税ですね。幸い私はビール党ではないので上戸にはならなそうですが(^◇^;) とりあえずビール太りには気をつけます〜

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

    ABOUTこの記事をかいた人

    なおきんプロフィール:最初の職場はドイツ。社会人歴の半分を国外で過ごし、日本でサラリーマンを経験。今はフリーの立場でさまざまなビジネスにトライ中。ドイツの永久ビザを持ち、合間を見てはひとり旅にふらっとでるスナフキン的性格を持つ。1995年に初めてホームページを立ち上げ、ブログ歴は10年。時間と場所にとらわれないライフスタイルを めざす。