屋根かな?
焼き鳥で焼酎を煽りながら連れのおっさんが言う。
スカイツリーの話題から一転「何に登りたいか」ということになり、開口一番そいつが言ったセリフがこれだ。
屋根?
そう、屋根。なんかさ、無性に登りたくなるよね
砂肝をギシギシ噛みしだきながらおっさんはいう。
無性に?少し考えるが、ぼくにはそんな覚えがない。
いいよねえ、屋根は!
おっさんはもう、屋根に夢中である。
真夏の屋根瓦は熱いし、冬は縮み上がるほど冷たい。かといって、靴を履いてはかえって滑って危険だ。でも、危険を犯してでも登る価値が屋根にはある。と力説する。おっさん、年中屋根に登っていたらしい。
ぼくは水割りからロックに切り替える。焼き鳥とタバコの煙で店の奥はぼんやり霞み、白熱灯がジジジと音を立てる。「子供の頃はよく屋根に登って遊んでいたね」ぼくがそう言うと、おっさんは膝をたたき「そうそう!」とうれしそうにいう。
いつもの景色がね、変わるじゃん。
子供だからさ、視点はいつも地上1メートルの高さなんだよ。それがさ、屋根だよ。3メートルはあるじゃん。ぜんぜんちがうんだよ、こう・・
おっさんは、ひたいに手をあてて何かを思い出している。きっとそのときにみた景色を思い出そうとしているんだろう。だらしなく半開きの口をした中年男、半ズボン姿の少年がそれに重なる。
「こいのぼり・・・なんか大きくみえてさ」
ひたいに手をかざした半ズボンの少年がつぶやく。
おっさんはごくふつうのサラリーマン。中間管理職。上司になればエラくなるものだと思っていたら、ただの小間使いである。部下を叱ればパワハラと言われ、褒めればセクハラと言われる。望んだ覚えはないがハゲるし太る。
いまなんか、さ
と、しんみりしながらおっさんはいう。
3メートルの高さすら登れねえ・・
スカイツリーの話をしていただけなのだが。
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