昼食ジプシー

無性にカレーが食べたくなって
立ち食いそば屋なのにカレーを注文する。
斜め向かいにはインド料理屋があるのに
なぜそっちじゃなくこっちで食うのか?

制限時間が15分だからである。
所持金はポケットの500円玉1枚だけ。
財布は会社に忘れてしまった。
が、取りに帰る5分が惜しい。

もう四半世紀も昔のことである。

デュッセルドルフ郊外を運転中、道に迷った。
見知らぬ風景と聞いたこともない通り名、
もときた道すら見失い、どんどんドツボにはまっていく。
車を道の脇に止め、バサバサと地図を広げる。

ふと、車内に忍びこむ肉を焼く匂いに気づく。
地図から顔を上げ、窓の外のあたりを見渡す。
川沿いに人が大勢集まっているのが見える。
祭りだろうか、と思う。
ライン川のほとりにある朽ちた工場あと地。
3本の大きな煙突とレンガ造りの建物。

ドイツ人ではないことはわかる。
黒い髪の人の群れ。
スカーフを被った女性たちも混じる。
たぶん、トルコ人。
だとすれば肉はマトン、せめてラム。
煙はあちこちで上がっている。スパイスの匂い。
こどもたちの姿も見える広場には、
100人くらい集まっているように見える。
何台ものキャンピングワゴンが車につながれ、停めてある。

さっきから気になるのは、その静けさだ。

試しにエンジンを切ってみる。

とたんに耳に入る風の音。聞こえるのはそれだけだ。
ヒュー、という音だけにあたりは支配されていた。
これだけの人がいるのに、まったく喧騒というものがないのだ。

人々は無心で肉を焼き、それを食べている。
子供たちも、パンにはさんだそれを食べている。
ぼくはそんな光景を、車の中からただ眺めている。
あたかも夢の中に登場するような奇妙な風景を。

お盆に載せられた「いかにも」なカレーライス。
玉ねぎしか入っていないカレーにスプーンをいれる。

いれながらふいに思うつく。
あの人達はトルコ人じゃなくジプシーだったのかもしれない。

だとしてもしなくても、なぜぼくはあのとき、
近くに行ってそれを確かめなかったんだろうか?

カレーなんて注文するんじゃなかった。
ひとつの小さな後悔は、
過去のいろんなやり残したことを思い出させる。

4 件のコメント

  • ひとつの小さな後悔は…その感覚、とてもよくわかります。
    私もちょくちょく体験するからです。

    それにしても。
    まるでなおきんさん作の短編小説を読んだような読後感があります。
    好きです、こういう記事。

  • naokin さん、この記事の続きを書きますね。その中に、「確かめなかった」 ヒントがあるように思います。私の体験談です。この時には既に naokin さんは日本に帰国された後でした。

    昔、ルーマニアである二人の娘さんたちを知りました。一人はロマ人(多分、ルーマニア国籍)の娘さん、一人は白人系ルーマニア人の娘さんでした。

    ロマ人の娘さんは、田舎の村の野外喫茶で休憩していた時に見ました。ロマ人家族の一団が通り過ぎた後で、数十秒遅れて通りかかったこの娘さんと目が合って、彼女は手を差し出したのです。6〜7メートルは離れていたでしょう。私は数レイあげようと思って財布を革ジャンの内ポケットから取り出そうとしたところ、隣のテーブルに座っていた地元のオッちゃんの一人が何かわめきながら彼女の方に足早に近ずいたと思ったら、途中で石ころを拾い上げ投げつけたのでした。彼女は咄嗟に逃げたので、幸いにして石は当たりませんでしたが、同行のドイツ人2人もこれには憤慨、私も猛烈に頭に来てそいつを睨み付けました。その後に、彼女を追って数レイ渡し、写真を2枚撮らせてもらったのがこれです。どうやら彼女は空瓶集めをしているようで、私が飲んでいたミネラルウオーターのプラスチック瓶が欲しくて手を差し出したらしかったのを、私が物乞いと勘違いしたようです。右手に下げた大きな袋には似た様な空瓶が詰まっていました。

    白人系ルーマニア人の娘さんは、大きな街の野外カフェの給仕をしていました。そこにロマ人の子供二人が通りかかって私たちにしつこくお金をねだりました。都市のロマ人の子供たちには鵜飼のような元締めが居て、お金は彼等の物にならないと聞いていたので、しばらく無視していたのです。でも、お金を稼げないと元締めに折檻されたり、ご飯を抜かれたりするとも聞きます。どうしようかと同僚と話していたら、このウエイトレスさんがやって来て、ロマ人の少年少女の2人と何か話した後で、彼女の財布から1レイずつ別々に渡したら、2人ともその場を去って行きました。最初は 「追っ払いに来た」 と心から信じた同行のドイツ人2人も私も、素直に感動しました。あれこれと迷った自分たちを恥じたりもしました。お金を渡す時の彼女の表情は優しさに満ちていたように思えます。有り余る中から渡したお金では無いから、だから余計に尊く感じられた行為だったのです。

    この2人の娘さんたちの人生は、欧州の中でも最貧国に近いルーマニアに存在する光と影の様に対照的です。どちらも貧しいのだけれども、貧しいながらも普通な生活を送ることが出来る白人系の娘さん、貧しい中で更にひどい仕打ちを受けるロマ人の娘さん。どちらもルーマニア人なのにと、大きなショックを受けました。

  • あぁ〜。こういう文章に出会えるから、なおきんさんのところにお邪魔するのがやめられません。

    ありがとうございます。

  • はてなさん、一番ゲットおめでとさまです!
    そうでしたか、小さな後悔はちょくちょくあるんですね。でもまあ、大きなのがドーンと来て立ち直れなくなるよりいいですね。いつも戯言記事ですいません。正しくても他人の言葉を書くより、間違っていても自分の言葉でこれからも書いていきます。
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    昔の同僚さん、
    なるほど、あれはルーマニアからのジプシーだったのだと。なかなか面白いエピソードを寄せてもらいありがとさまです。そういえば、ルーマニアは東欧革命以前はアルバニアよりも貧しい、欧州最貧国でしたね。石油などの資源もあり、気候的にも恵まれているのに不思議です。ドイツから車でルーマニアまで行きましたが、さすがに遠かったです。なぜかドイツ人はビザが要るのも不思議でした。日本人は要らないのに。
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    エイシアさん、
    ああ、そういってもらうとすごく救われます。こんなエピソード、ちっとも面白くないっていわれそうだったから。まあいわれたところで、やっぱり書いちゃうと思うんですが。また、過去記事についてはちょくちょくやらせていただきますね。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    なおきんプロフィール:最初の職場はドイツ。社会人歴の半分を国外で過ごし、日本でサラリーマンを経験。今はフリーの立場でさまざまなビジネスにトライ中。ドイツの永久ビザを持ち、合間を見てはひとり旅にふらっとでるスナフキン的性格を持つ。1995年に初めてホームページを立ち上げ、ブログ歴は10年。時間と場所にとらわれないライフスタイルを めざす。