ミャンマーに行くまでは、インレー湖のことなんてなにも知らなかったのだけど、バガンのホテルで知り合ったスペイン人から「湖の上でトマトが栽培されていて、脚でカヌーをこぎながら漁をする人たちがいる」という話を聞き、いってみたくなった。
ぼくの旅の好奇心なんて、いつもそんなものである。
バガンから直行便で一時間。
シャン高原にあるへーホー空港に降り立つ。
と思ったら、同便が航空会社の都合でマンダレー経由に急に変更。
結局到着まで3時間かかった。ミャンマーではわりとあるようだ。
空港からインレー湖そばのホテルまではタクシーしかない。
しかも山をいくつも超えるのに、頼りないおんぼろ車。
折しもスコール。やはり雨季なのだ。
山間では、フロントガラスを突き破るんじゃないかと思うほどの大きな雨粒に見舞われる。なるほど土砂崩れのあともある。トマトとカヌー見たさの対価に、土石流で谷底に突き落とされたくはない。
途中、斜めの遮断機に止められ、外国人は5USドル徴収された。
ホテルにチェックイン後、雨の中、村をぶらつく。
スコールに立ち往生し、民家の軒下で雨宿りをしていると、
「ここにすわんなさい」と家人に椅子をすすめられた。
▲ 5日ごとに付近の少数民族の人たちが地元の産物を持ち寄る市場
ボート乗り場にでると、客引きが何人も集まってくる。
そのうちの一人と一日20ドルで、翌日ボートをチャーターした。
願いも虚しく、翌日も雨だったが。
▲ 流行りなのかバイクのヘルメットがナチス・ドイツ軍のヘルメットを模している
ジョディは朝8時にホテルにやってきた。
英語はあまりうまくない。だが誠実そうである。
お世辞にも裕福とは言えない住宅街を横切り、船着場とはちがう運河のほとりまで歩き、そこで彼の(お父さんの)ボートに乗り込む。10メートルくらいある長細い緑色のボート。そのまんなかに椅子がひとつ、固定されている。オレンジ色のライフジャケットがクッション替わりだ。
写真ではとても美しいインレー湖も、雨雲の下では泥水色。
運河から湖の近くまで来ると、ジョディは手漕ぎをやめ、勢いよくチェーンを引き、発動機を回す。乾いた2サイクルエンジン音がパンパンパンと雨粒にこだまする。
止まっていれば垂直に降る雨も、走るボートの上では暴風雨である。しかも寒い。だのにぼくは半袖のポロシャツにサンダル姿。バッグに忍ばせていたポンチョが大助かりだ。タオルをマフラーがわりに首に巻く。
まるで黒いてるてる坊主のようなかっこうで、ボートの先でカメラを握りしめる。バリバリバリ。パンパンパンパン。
▼その時の様子を映画予告っぽく動画にしてみました
しばらく走って雨が止む。
ジョディがエンジンを止める。
なにかと思ったら、カヌーが数隻、近くにいた。
あの足こぎカヌーたちが付近で仕掛けをしているのだ。
ジョディがカメラを構える仕草をした。
シャッターチャンスだということらしい。
細長いカヌーの先端に片足で立ち、もう片方の足で器用に櫓を操る独特の漕法。すごい!と思わず拍手する。漕ぎ手は慣れているのか、手を振り返してきた。
▼これがその足こぎです
湖面には水草があちこちに浮いている。
どこからかわかめのような匂いがする。
竹で組んだ筏に、水藻を厚く敷き詰めた浮島がある。
トマトはその上で栽培されていたのだ。ほかにトウガラシやその他の野菜もみられる。魚と野菜が湖で自給自足できるからか、湖畔には高床式の住居がずらりと並んで建っている。
夕方になると、雲の切れ間から陽がさしてきた。
ポンチョをたたみ、空を仰ぐ。
湖畔がキラキラと輝いているところもあれば、まだスコールに叩かれている場所もある。スコール雲は低く小さい。
▼立ち寄ったガーペー寺院名物の輪くぐりする猫
気づけば顔がヒリヒリしている。
知らず、日焼けをしてしまったようだ。
足先がサンダルの形に赤銅色に染まっている。
だが夕日が空を茜色に染める前に、ふたたび雨雲に覆われた。
あわててポンチョを広げるが、スコールに追いつかれた。
お決まりの暴風雨のなか、船着場へと戻る。
ジョディが運河のほとりの家の一つに声をかける。
とたんに、家の奥から女の子と男の子が飛び出してくる。
「妹と弟です」と、びしょ濡れのジョディはニカっと微笑んだ。
水もしたたるいいお兄さんである。
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