ぼくはあまり名刺交換というのが好きじゃない。
好きとかきらいとか、そういうレベルじゃないのはわかるし
社会に出て25年を過ぎようかという歳になって、いまさら
という感じがしないでもないのだけど。
ぼくは営業経験もあるから、これまで死ぬほど名刺交換をした。
数えたことはないけれど、交換した名刺は数千枚を越えるだろう。
相手がくれなくても、無理にわたすこともあった。
わたした名刺を投げ返されることもあった。
まあ、これだけ社会人をやっていればいろいろある。
名刺交換のなにがイヤかといえば、
やはりあのうやうやしいやりとりである。
たかが名前が印刷された紙じゃないか、と思う。
日本以外の国では、名刺なんてわりとカジュアルに扱う。
投げてよこす人もいる。名前のスペルはこうだよ、的な。
日本人の中にはそんな外人を「失敬な!」と腹を立てるが
ぼくにはどこかなつかしい。ホッとすることもある。
社会にでたとたん、海外勤務だったからかもしれない。
日本では「いただいた名刺は相手の顔である」などと教える。
さすがは日本人。礼儀正しいうえに相手を敬う精神がある。
もらった名刺は汚すのは、相手の顔を汚すのと同じなのだ。
日付や、場合によっては似顔絵まで、ぼくは名刺に書く。
あとで思い出しやすくするためだ。名前と顔が一致するように。
もし「顔」なのだとしたら、非礼極まりない話ではあるけど。
相手の名刺を受け取りながら、自分の名刺を相手にわたすのが
たとえ何千人と交わそうとも、やはり慣れないものがある。
たまに相手の指に触れてしまったり、名刺を落としそうになる。
「キスをするとき、鼻がぶつかったりしないのかしら」
古い映画のワンシーンで、ヒロインがそんなセリフを言う。
男優は微笑をたたえた表情を彼女に向け、そっとささやくのだ。
「顔をね、右にかたむければいいんだよ」
「名刺交換するとき、指がぶつかったりしないのかしら」
ぼくはまるで、モノクロ映画のヒロインのようである。
そのことが気になって気になって、おじぎをしたとき
相手の頭に頭をぶつけしてしまったことがある。
名刺交換は好きじゃない。
キスはわりと好きだけど。
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