築地で打ち合わせをし、会社に戻ろうと日比谷線へ向かう。
けれども乗った電車は逆方向。乗り間違えたのだ。それもわざと。
なぜそうしたのか、自分でもよくわからない。
たぶん、郷愁を感じさせる夕暮れの風に背中を押されたのだ。
あるいは、どこかで炭火で焼く鳥の匂いがしたからかもしれない。
ふだんまったくといって縁のない日比谷線を北へ移動する。
ラッシュ時を過ぎたからか、空席がある。
ひとつ座らせてもらう。すこしでも目を閉じていたかった。
古いネクタイのようにくたびれていた。認めたくはないが。
ガタンゴトン、揺れる。ガタンゴトン・・・
目を開けると電車は止まっていた。大きな駅。
反射的にかばんを持って席を立ち、ホームに降りてみた。
そこが北千住駅だった。
ぼくにとっては初めての駅だ。
階段を降り、改札を抜け、とにかく出口のほうへ歩く。
頭がぼんやりしている。車内でまどろんだせいだろう。
広場に出た。ポツポツ街灯に火がともりはじめていた。
何も考えたくないので風のことだけを考える。
東南アジアの街で感じるような湿気を含んだ風のことを。
人いきれとクルマのクラクションがよけいに蒸し暑い風。
椰子の葉を揺らし、屋台から甘酸っぱい匂いを運ぶ風。
そんな風をブリーズ(breeze)と呼ぶ。
スイスイ歩くさまのことも、米国ではブリーズという。
マルイデパートのビルが見える。やはりここは東京。
だが歩く。風のこと以外何も考えない。ただ風を追う。
歩道橋越しに突然「チェンマイ」の文字。看板。
そのうえに「タイ古式マッサージ」と書かれている。
気がつくと、すでにそこに向かって歩きはじめていた。
食べ物屋の匂い。居酒屋の呼び込みの声。歩道橋を降りる。
古いマンションの二階。外階段を登り、店の中へ。
みるからにタイ人のおばさんが奥から出てきた。
(サワディー・クラップ)反射的に口にでた。
おばさんはニッコリ笑い、ぼくは肩越しに部屋を見わたす。
竹でできた家具。レモングラスの匂い。竹細工のスタンド。
カーテンで仕切られたマットの上に三角ザブトンが見えた。
風は、どうやらそこからふいていた。
■ きょうのちびきち
ちびきちの定位置はぼくとソファとの狭間です。なんでこんな居心地の悪そうなところが好きなのかさっぱりわかりませんが、あまりにも気持よさそうに寝ているのでそのままにしておきます。やわらかくあたたかいちびきちのおかげで肩こりも治る勢いです。ただうっかりぼくも眠ってしまうとちびきちがつぶれてしまうので注意が必要なのですが。
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