郵便受けに山ほど届く新築マンションの広告。
85平米の広さで4,000万円の物件が、月々10.5万円で買えるとあった。内訳をみると、頭金として20%払い、残りを住宅ローンで払うのだと気づかないほど小さく書いてある。
なるほど逆算してみれば月額10.5万円のローンは、年利2%を35年ローン(ボーナス時20万円)で組めば成り立つ。家賃だと思えば、それもありかなと思う。「賃貸は家賃を払っても自分のものにならないが、買ってしまえばローンが終わると自分のものになる」というではないか。
背中は押されそうになるが、はたして?
たいていの新築マンションは、買ったとたん2割ほど価値が下がる。プロモーション費やら各種手数料やら税金などが価格に含まれているからだ。つまり最初に払い込んだ頭金の800万円は、たとえどれほど苦労して貯めたお金だろうと、一瞬にして消える。
それから利息。
35年ボーナス払いともなれば利息だけで1,240万円もする。借金はまずこの利息から返済することになるが、払い終わるまでだいたい百ヶ月かかる。会社からボーナスが出ようが出まいが、夏冬20万円ずつ9年間、払い続けなくてはならない。31歳だったあなたは40歳になり、体力がいくぶん劣るが、家だってどこかが壊れてくるかもしれない。
安心するのはまだ早い。
借り入れた3,200万円を返し始めるのはそれからである。
もちろん途中下車は許されない。築10年の中古マンションの価値は下手をすれば買値の半額だ。2,000万円まで下がる。返済が価値の低下に追いつかないのだ。物件を差し押さえられるだけでなく、さらに1,200万円の借金を背負わされることになる。
こうなると頭金とあわせて2,000万円のマイナスだ。
いやなら、引き続き25年間の借金生活だ。加えて物件には固定資産税に修繕費だってかかる。もうピカピカではない。経年劣化は甘くない。
物価は下がるデフレの時代、しかも日本の人口は減っている。
住宅会社は作り続けないと売上げがなくなるから、供給過多で物件相場は下がるいっぽうである。土地はもう値上がりしないし、買った物件は古くなり続ける。他人に貸すならともかく、自分で住み続ける以上、住宅は資産価値を持たない。
「だって持ち家でしょう?」とあなたは訊くかもしれない。お気の毒だがローン完済までは、あなたが住んでいる家はあなたのものじゃない。
借金とは嫌なものだ。
借金が美徳だったのは世の中がバブル景気の時代だ。借金して土地を買っても、転売で上前をはねることが出来た。しかも給料が年々上がることが前提だった時代である。
ぼくの会社も親会社が倒産し少なからず損害を背負ったことがある。ぼくは貯金や保険を崩して従業員の給料にあてた。ある日香港の自宅に戻ってみると、合鍵があわなくなっていて、ドアにでっかく銀行の差し押さえの札が貼られていたこともある。
何十年もローンを組むなんて、考えただけで恐ろしい。
そもそも10年を超えてローンを組まなくちゃならないのは、自分の返済能力を超えた買い物なのではないか?とぼくは思う。アメリカのサブプライムローン破綻の原因は、銀行が無理な住宅ローンを長期で組ませたことにあった。
ときどきぼくは思うのだけど、日本のサラリーマンをサラリーマンたらしめているのは、実は会社や社会ではなく、住宅ローンなのではないか。
満員電車にサービス残業、左遷や不当な異動にクビを覚悟で抗議できないのは、それでも会社を辞められないからだ。借金はそれだけ重いのだ。有給休暇を返上し、家族との時間を奪われたところで、それがなんだというのだろう? 長期にわたる返済義務の重みは、こうして住宅ローンは日本のサラリーマンから覇気を奪い、閉塞感を与え続ける。ぼくたちは失わないために、それ以上のものを失い続けているのかもしれない。
長期住宅ローンがもたらす弊害。
しかしメリットもある。それはある意味、この国に秩序をもたらし、人々に我慢強さを与えてくれた。たとえこの国の官僚や経営者がとんちんかんでも、暴動を起こす抑止力になっているかもしれない。そりゃまあ国も会社も銀行も、そろって家を購入することをすすめるだろう。国民や社員から牙を抜くにはこれが一番効くし、銀行は何もしなくたって利子で儲かる。
しかしあなたがどれほど寄りかかろうと、会社や社会はあなたを必要としなくなるかもしれない。リストラされたあなたを、銀行は「それはたいへんでしたね」と同情してくれるかもしれないが、それでローンが減るわけじゃないのだ。むしろ債務不履行を警戒されるまでだ。
人生、不変なものはない。
仕事も変われば家族構成だって変わる。「変わらないでいる」というのは窮屈なことでもある。変化を楽しめるかどうかはその人の器量だろうが、自分が変わりたくなくたって、制度改正や会社倒産などで変わらざるをえないこともある。賃貸ならば生活レベルに合わせて、家賃が5万円のところでも50万円のところでも、街の近くだろうと海の近くだろうと住替えが効く。そもそも日本人は住む場所を自由に決めていい世界でも有数の国民である。たった一度だけの人生だ。ビザなどの条件が合えばだが、生涯において好きな国や都市を選んで住めばいい。
ダイエーがつぶれ、イトーヨーカ堂が残った。
どちらもGMS(ジェネラル・マーチャンダイズ・ストア)であり、売っているものや値段に大きな違いはない。あるとすれば前者はすべて自社ビルで、後者は本社も含めすべて賃貸だったということだ。
多様性が求められ、先が読みにくい時代である。
モノを所有し、維持コストを払い続ける時代では、
もうないのかもしれない。
とはいえ「自分の家を建てる」という達成感は、人生一度は味わってみたいものです。でもそれは必ずしも日本でなくてもいいのかもしれないけれど。
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