なにを隠そう鉄道ファンであった。
とはいえ電車や駅ではなく、惹かれていたのは
もっぱら鉄道旅行そのものである。
日本の鉄道旅行は快適でそれなりに楽しいが、
ヨーロッパこそ鉄道旅行にふさわしい。
いくつもの国境を越え、多種多様の民族と出会う。
肌の色が、言葉が、通貨が、宗教が、
めぐるめく窓の外の景色とともにくるくる変わる。
列車はまるで移動する街そのもので、
誰もがそこの住人であり、異邦人であった。
1986年の3月から9月にかけて、ひとりぼくは、
北アフリカから、西欧、東欧、ソ連(ロシア)
のべ24カ国を一気に回ったことがある。
移動しながら一夜を過ごすこともあった。
お金と時間のどちらか、あるいは両方の節約をかねて
寝食を列車の中ですごしたものだった。
列車のトイレは用を足すだけでなく、
洗顔や歯磨きをする場所でもあった。
だから清潔で、水がちゃんと出るとホッとした。
とくに東欧や北アフリカを走る列車では、
まともに水などでなかったのだ。
そんな国では往々にして、
線路に大便が落ちていることが多い。
便所紙が風に舞い、
駅のカフェテリアを横切ることもある。
いまはどうだか知らないけれど、当時
駅に停車している列車で用を足せば、
野グソさながら線路の上に落下するのである。
その点、日本はすばらしい。
新幹線をはじめ、鉄道で使われるトイレは
おなじみのTOTOやINAXではなく、
「テシカ」と「五光製作所」2社の寡占状態だ。
両社のトイレが採用される理由は、鉄道ならではの特異性。
汚物を粉砕し、薬品で消毒・脱臭するのはもちろんのこと
いかに使用する水量を抑えるかがポイントなんである。
でないと、列車に積まれた水槽タンクなんて
あっという間に空っぽになってしまうからだ。
一般的な水洗トイレは1回につき8〜12リットルも使うが、
これらのトイレは、なんとたったの300mlである。
コップいっぱいの水で大便と紙を流し、便器を洗浄する。
地味だがその技術はスゴイ!
しかも50年前からあったのだ。
このすばらしい日本製のトイレがあのころ、
東欧やアフリカの鉄道会社でも採用されていれば、
列車の中で、あんなふうに顔も洗えず不安な夜を
過ごさずとも済んだのかもしれないなあ、と思う。
とはいえ
比較的貧しい国を、貧乏旅行するのは、
驚きの連続で、わりあい楽しかったりするんだけど。
食事中だったひと、ごめんあそばせ。しかもカレーライスだったひと、さあ、遠慮なく平らげて!
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