朝の5時に目を覚まし、車の待つリージェントホテルへ。
車は街をぬけ、ハーバーへとオレンジ色のハイウェイをひた走る。
パームツリーの形をしたシルエットはまだ月あかりによるもので、
太陽はまだまだ東の先っぽにあって弱々しい。
これまで見たことのない岩肌を持つ山々を眺めながらまどろむ。
車のエンジンは快調、道路も車もさすがアメリカである。
40分ほど走り、潮の匂いがぷんと鼻先をかすめたかと思うと、
目の前にどーんと太平洋が広がっていた。
あたりの景色が色づき、太陽が雲の切れ目にあることを知る。
2009年の最後の日、ぼくは鯨に会いに海に出た。
黄色い高速ボート、その円縁に14人ほどが向かいあって座る。
どの顔も日本人で、子供もいれば高齢者もいる。
しかし天候は時おり雨がぱらつき、風は強い。
洋上は間違いなく荒れるだろう。
ぼくはウエットスーツのジッパーを胸まで上げて、
激しい波しぶきに備えることにする。
岸を離れたボートのエンジンがうなり、ボートは海上に放たれた。
「イルカも鯨も必ず見られるとは限りません!」
同行しているガイドがエンジン音をバックにそう叫ぶ。
わかるけど、いまそれを言うなと思う。
強い風にまじった塩辛い飛沫が身体に顔に髪にふりかかる。
無理もない、ボートは海上をホップしながら進んでいるのだ。
船先がぐーんと上がり、ばしゃんと船底が水面にぶつかる。
続いて左に跳ね、右に跳ねる。
ぼくは片足をボートの縁から下ろし、積極的に波を足に受ける。
大粒の波の飛沫が目に飛び込んでくるが、望むところなのだ。
長い時間こうして激しく揺さぶられていると、
なぜか空中で静止しているように感じる。
それほどまでに自然は圧倒的に強く、人間は非力だ。
雲の陰から太陽の光が刺してきて、紺碧の海上を銀色に照らす。
虹だ! と誰かが叫ぶ。
みごとな七色のアーチが、眼前の海をまたいでいた。
【写真撮影:cineie.tv *1】
野生のイルカがぼくたちを乗せたボートと伴走しているのを発見。
なんて人なつっこいんだろう、野生のバンドウイルカ。
そのうちイルカの一匹が波を蹴り、水上を舞う。
飛ぶのだ、イルカは。
風の中に雨が混じるがかまわない、どうせ全身ぬれるのだ。
シュノーケルを装着し、ぼくたちは次々に海中へダイブする。
海は荒れ、波は海底をえぐる。
そのため砂ぼこりが立ち、海中ではほとんど何も見えない。
イルカは近くにいるはずなのに、とても残念に思う。
上下に揺れる波に翻弄されながら、しばらくあたりを徘徊するが、
ボートから号令がかかり、なんの収穫もなくボートにあがる。
「海が荒れそうなので戻ります」とガイドが言う。
ボートの乗客の半分はひどい船酔いで、海に嘔吐するもの、
ぐったり力なく横になる人もいる。 運が悪かったのだ。
パンフレットにはこんな光景の写真はなかったはずだから。
しかし海が荒れるのは悪いことばかりではない。
鯨はむしろ波があるほうが現れやすいとガイドは言う。
ふたたび走り出すボート。
来た道よりも激しく揺さぶられ、潮が顔に突き刺さる。
それが妙に興奮させ、風の中でぼくは思わず声が出る。
ふと11時の方向に、沖に波しぶきがあがる。
「鯨だ!」
黒光りするとがった頭が海面に少しだけのぞいた。
でかい! ザトウクジラだ。
生きている鯨を、海で泳ぐ鯨を、ぼくは初めて見た。
しかしすぐに潜って見えなくなる。
無理もない、水中を泳ぐのが鯨だ。
しかし次の瞬間・・・
はじめまして、くじらさん!
あけましておめでとう。
この日撮影に使ったパナソニックのデジカメは激しい波しぶきにも耐え、軽快に景色を切り取っていたけれど、ボートが岸に着いたときついに静かに息絶えてしまいました。これまで10カ国以上をともに旅をしてくれてほんとにありがとう!そしてお疲れさまでした
*1:本掲載の写真は一部、ボートに同乗してくれたシネビー・ティー・ビー所属のカメラマンが撮影したものを、商用で使用しないことを条件に許諾を得て使用しています。
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