むかし観た『ブレードランナー』という映画が好きだった。
とくにハリソン・フォード扮するデッカードが屋台のおやじと語るシーンで、 「前の女房からは寿司と呼ばれていた」というセリフが印象的だ。
こともあろうにあだ名が「寿司」なのだ。 このアメリカ人
この映画が公開されたのは1982年。 ホテルニュージャパンの火災があり、中森明菜がセカンドラブを歌っていた年だ。 ソニーが世界で初めてのCDプレイヤーを発表し、ぼくはその年優勝した中日ドラゴンズの本拠地、名古屋に住んでいて、この映画もそこで観た。
1982年といえば、日本をしてすでにバブル時代の萌芽が散見される年でもある。 ハリウッド映画は目ざとくこれを認め、ブレードランナーの舞台である近未来では、勃興した日本や日本語が台頭していることをエキゾチックにほのめかしていたように思う。
当時のぼく(19歳)は映画を観ながら、ノストラダムスの大予言が外れて(もちろん外れた)ぼくが40か50になるころには、東京はあんなふうになっちゃうんだろうか、などとぼんやり考えていた。
2009年、ぼくはとうに40を超えてしまったけれど、もちろん東京は「ブレードランナー」のような超高度人工都市にはなっていない。 東京はおろか、NYもロンドンもパリも、だ。 いや、ひとつだけ例外があった。
ドバイである。
そこはもう、ブレードランナーで登場していた不思議な高層建築物の展示場さながらである。
さて「ドバイは都市名なのか、国名なのか?」と思われるひともいるだろう。 ドバイは首長国で、アラブ首長国連邦の一国である。 この首長国という単位は、アメリカ合衆国の「州」よりは独立性があるが、EUの一国ほどではない。といったかんじだろうか。
なお、在留邦人数は09年9月現在3044人。 08年4月は2500人だったというから、リーマンショック後も増えている。 かつて香港で組んでいたバンド、ローゼンモンタークのギタリストであり友人のキースは家族とともにそこに住んでいる。 今年の6月に誕生した第2子も増えた邦人のひとりである。
キースから届いた長いメールには、「ドバイバブルの崩壊」についての報道の行き過ぎについて記されていた。 08年11月に放送された「報道ステーション」の『ドバイ崩壊』という特集への批判もある。
要するにドバイは報道されたほどひどくはなっていない。というのが現地に住む日本人の感覚である。 資源もあるし中東一の金融市場も持っている。 政策もぶれていないし、国民の現政権への支持も高いとのことらしい。
ドバイ国民は大卒の初任給で平均40万円。 そのうえ学費も医療費もタダである。 住む土地も無料というから、日本の現状を思えば天国のようではないか。 いったい平均的ドバイ人の可処分所得はいくらあるんだろう? 「嫉妬心」の塊でもある日本のマスコミがこれをたたかないはずがない。 ある意味、世間を代弁しているだけなのかもしんないけど。
ただ、この国で矢継ぎ早に計画され、建てられている建造物のほとんどは投資対象でもある。 ドバイの人口はようやく200万人を超えたところ。 本来ならば、これほどの床下面積をもつ空間を必要としない。 ゆえにこの土地や建物に投資した人びとは、海外資産家たちも少なくない。 金融崩壊により全世界で10兆ドルもの金融資産が吹き飛んだのだ。 当然無傷では済まなかったろう。 ドバイ投資から手放さなければならない人たちも多かったはずだ。
また、あらためて金融が崩壊してみれば、結局のところ資源を持つ国が相対的に強くなった。 日本経済の凋落に限度が見えないのは、やはりこれがないからである。 その点、ドバイにはたとえ金融が崩壊しようとも天然資源がある。 エコとは無縁の化石燃料の宝庫である。
それにしてもドバイの成長は早すぎる。 独立してまだ30余年。 国の成長はそこに住む人たちの成長がともなわなくちゃならない。人間の平均寿命より短いドバイ首長国にはどだい無理な話である。
キースからのメールを引用しよう。
そもそも約40〜50年前まではベドウィン(砂漠の民)であった人間が、ラクダに変わり今ではベンツ・ポルシェを乗り回し、豪華絢爛な生活をおくっているが、急激な変化からか、そのスピードに「モラル」がついてきていないように思えます。
「衣食足りて礼節を知る」といいますが、ドバイ国民の場合は「衣食足りすぎて、礼節を知らず」のような状態になっているような気がしてなりません。
つまりはそういうことなのだ。
世界のどこよりも近代的なメトロが、日本企業の支援もあって先日開通した。 けれども乗っているのは生身の人間。 乗客のほとんどはインド人でカレー臭が車内に立ちこめているのだと、キースは言う。 なるほど。
醜劣だとか趣味が悪いとか諸説はあるものの、やっぱりこういう実験建築が立ち並ぶ風景に、身を置いてみたい気がしてくる。 大自然は素晴らしいしぼくも大好きである、けれども同時に徹底的に人工的な「ブレードランナー」のような景観もまた、捨てがたいほど好きなのだ。
△ まるで映画のセットのようなhotel アトランティス(撮影:キース)
△ 地上162階建てでなんと800mもある、新宿高層ビルを4棟たてに重ねた高さだ! Burj Dubai 2009年竣工(撮影:キース)
△ 開通したばかりのドバイメトロ、車両は日本製。地下鉄なのに半分以上は地上を走る(撮影:キース)
△ 2010年竣工予定のドバイタワーズ 「炎のゆらめき」がモチーフなんだそうだが、想像を絶する建物だ. ガウディのサクラダ・ファミリア教会をほうふつさせるものがある
△ 中心部から車で30分も走れば、そこはラクダの世界である(撮影:キース)
△ エミレーツショッピングモール内にある室内スキー場 リフトもちゃんとある!(撮影:キース)
ドバイにブレードランナーをみる思いがするのは、なにも未来的な建物だけではない。 砂漠の上に巨大なファンタジーをを誕生させたという意味で、ドバイとハリウッドには不思議な共通点がある。
ひとの幸福には必ず支払うべき対価があるものだ。
それが戦争ではなく金融バブルの崩壊ならば、まだマシではないか。
バブルドバイにあるのは日本の未来か、あるいは過去か?
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