「自分がなぜそれが好きなのか」
その理由をうまく説明できない。
たぶんそれは
「好き」の理由を、あとから作ってしまうからなのかもしれない。 「自分が選んだから好き」だというふうに。
脳医学ではそのことを「選択盲」というんだそうだ。
自分が何か(誰か)を好きになり、選んだとしても、その理由や原因については意外と把握できていない。
もちろん、好きになる理由や原因はちゃんとある。
よく「生理的に嫌い」というけれど、実は本人が把握していないだけで、これまで重ねてきた経験の記憶がそう判断させているものだ。
同じように「好き」についてもそうなのだろう。 ただ誰かにこのことの理由を説明するのはなかなかしんどいものがある。
「好きなもの」、「嫌いなもの」
多くの選択肢の中で、自分が選んだり選ばなかったりしながら、知らず知らずのうちにぼくたちは「自分らしさ」を確認していく。
ということは、つまり
「自分らしさ」とは、内側からにじみ出るというよりは自分をとりまくいろいろな選択や関係性によって作られていくのだろう。
だからこそ、経験や学習が必要なのだ。
ある程度の年齢を重ねないと「自分らしさ」というものは見えてこないと、ぼくは思う。
だから、
経験が一定量に満たない10代や20代のひとたちが、したり顔で「自分らしさ」に語っていたりすると、なにやらうさん臭く思えてくる。
おまけに、いまの20代はあまり冒険をしなくなったといわれる。
「不況」だの「不安」だのと語られる理由は多い。 でも、それらはなにも今の時代に限られたことじゃないんじゃないか。 肝心なのは時代のせいにしている間に、ときはどんどん過ぎ去っているということだ。
思うに、「冒険」こそは経験値を高めてくれる。
ちょっと寄り道するとか、新しいことを始めるとか、知らない人に会うとか、そういった日常の「ちいさな冒険」の積み重ねが「自分らしさ」を彩っていくに違いない。
などと、きょうはやけにおじさん説教っぽい内容。 すみません・・・
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