だいぶ昔のことなんだけど、東京から広島まで新幹線で移動していたときのこと。
最終の”ひかり(のぞみでなく)”だったと思う。 途中、大阪から20歳くらいの女の子がひとり、同じ車両に乗り込み、ひと呼吸おいてからぼくの座る6人がけのシートにやってきた。
彼女はなんのためらいもなく、ぼくの斜め前の席に座り、手にしたボストンバッグを足下に置く。 テーブルを倒してペットボトルのアイスティーをのせ、バッグから本を取り出して読み始める。
少しぼくは驚く。
だって、他に空いている席がいくらでもあるのだ。 おまけにここは自由席車だ。 わざわざ見知らぬ男の向かいの席を選ぶ理由なんてない。
気になったぼくは、そっと彼女の様子をうかがう。 長いまつげで覆われた二重まぶたのくっきりした目、髪は後ろに束ねられ、べっ甲の髪どめで固定されている。 ピンクにもオレンジにも見える不思議な色のジャケットを羽織り、濃い色のスカートから形のいい膝小僧がのぞく。 脚はきちんとそろえられ、育ちの良さがうかがえた。
洋の東西を問わず世界は数多くの悩みであふれているのだろう。 そのときのぼくもずいぶん悩んだのだ。
彼女に話しかけるべきかどうか?
ぼくは広げた雑誌に目を落としてはいたけれど、文字に目を走らせるどころの話じゃなかった。 ガラガラの車内にあって、なぜ彼女は見知らぬ男の席の斜め前に座ったのか? それは何かしら会話を期待してのことではないのか? と悪魔がささやけば、いや彼女はすぐに本を取り出して読んでいるじゃないか。 近くの席に座ったのは偶然で、声などかけて迷惑をかけちゃだめだぞ、と天使がささやく。
声をかけたいと思う。 どこから先を下心というのかわからないけれど、世間話くらいはしてもいいんじゃないかと思う。 次の停車駅、岡山までは約1時間。 広島まではさらに一時間。 時間はある。
でもなんて声をかければいいのだろう? 「どちらまで?」だと、こいつ後をつけてくるんじゃないかと勘違いされそうだし、「いい天気ですね」と言うには日が暮れすぎている。 「何を読んでるんですか?」じゃ大きなお世話だし、「お仕事ですか?」じゃまるで職務質問だ。
ああ、どうしよう?
悩むとこじゃないところで悩んじゃうのがぼくだ。 いまじゃエラそうに「若い男たちが草食男子じゃ、女の子だって恋愛受難だよな」などと嘆いてみせても、ぼくの若い頃だって大同小異じゃないか。 外国では言葉をろくに知らないまま平気で声をかけることができても、国内じゃ女の子ひとりに声をかける勇気すら持てない。 こういうのも外弁慶というんだろうか?
どうしたものかと思い悩みつつ新幹線は西へ西へとばく進する。 ムダに頭を使いすぎたからか、いつの間にかうとうと眠ってしまった。
どのくらい時間が経ったのだろう?
はっと顔を上げ、あわてたぼくは斜め前に視線を走らす。
そこに、彼女はいなかった。
・・・以上でこの話はおしまい。
後日このことを女友達に話すと、「ばっかじゃない?」とひとことだけ。 理由は教えてもらえずだった。
再度同じ状況にあっても、やはりぼくは悩むのだろうと思う。
やれやれ、たぶんいまでもぼくは「ばか」のままなのだ。
ばかだねー、とーちゃん。 こうすんだよ。
「へい、かのじょー。あちきとあそばない?」
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