香港に着任したばかりの晩秋のこと、
当時のぼくは現地に友人などほとんどいなくて、ビジネスパートナーである相棒だけが、唯一心を許せる相手だった。 そして夜になるとヒマにかまけて二人でよく飲みに出かけていたものだった。
その中の一軒、”U”というお店は 銅羅湾 にあるエンターテイメント系雑居ビルのひとつ。
“U”は、なぜだかいつも湿り気を帯びているエレベータで約25メートルほど上ったところにあった。 お客のほとんどは日本人で、お店の女の子はほぼ全員日本語が話せた。
お店を切り盛りしているママは日本人で、よくしゃべり、よく飲む人だった。 外でさりげなく店の女の子たちとお客さんを合コンさせるなど、新規客開拓にぬかりのない、やり手ママさんであった。
そんな企業努力もあってかお店はわりかし混んでいて、毎夜とは言えないまでも繁盛しているようだった。 カラオケを置いていないので、ぼくのようにまわりにジャマされずゆっくりとお酒を飲み話をしたいお客からはよろこばれた。 ごく当たり前のありふれたお店。 お店もふつうなら女の子もふつう。
ただし、夜な夜な幽霊が出没することをのぞいては・・・
よほど混んでいないと使われない「く」の字に曲がった店の、やや奥にあるボックス席。 光がじゅうぶん届かないため、ぼんやりと霞がかかっているようにも見える。
「女」はその一角で背を正して座っていた。
これといって特徴のない髪の長い女。 視界の端に「それ」をとらえたとき、はじめはなにかの罰ゲームでそこに座らせられているのかと思った。 なんとなくバツが悪そうに座っているし、他の女の子に比べ、いくぶん地味な服を着ていた。 白いブラウスに黒か藍色のスカート、下の方はテーブルに隠れてよく見えない。
「なんであんなところに座らせてるの?」 と、ぼくのために飲み物を作ってくれている女の子に聞こうとし、ふと、その女がうっすらと透けているのに気がついた。 女の座るソファの黒と後ろの壁紙の白、そのコントラストは女の身体を左右に貫いているのだった。
幽霊だったのか! と、そのときようやく気がついた。
女の幽霊は、ソファの上で景色の一部のようにじぃっと座っていた。 みょうにのっぺりして透かし絵のようにもみえた。 いまにして思えば、幽霊がいることはわかっていてもなお、その店に通っていたのか不思議である。 幽霊は、日によっては居ないこともあった。 いや、見えないこともあった、というべきか・・。 ある日などは男子トイレにいたこともあった。 洗面台で手を洗い顔を上げると、前の鏡にぼおっと女の顔があった。
女はまた、自分たちと同じテーブルに憑くこともあった。
テーブルの上では通常、何本もの腕が手が交差する・・・タバコを取り出す手、それに火をつける手、タンブラーを寄せる手、グラスに氷を入れる手、髪に手をやるもの、ケータイに手をやるもの、しかし人数のわりに手が一対多いのだ。 このうちどれかは幽霊の手だったのだろう。
ぼくは、努めて女に気がつかないふりをしたのだけれど、これだけ強い霊ならきっと自分以外にも見えているはずだと思った。 不可視なるも「それ」に感応する人がいるはずだった。
けれどもダレも何も言わない ・・・ あえて、言わないだけなのかもしれないけれど、それはそれで賢明なことでもある。
地縛する幽霊はそれに気づくものにこそ反応するからだ。
つまり「それ」がいることを話せば、最悪の場合、自宅に連れて帰ることになるからだ。 「見ない日もあった」 と先ほど記したけれど、おそらくその時幽霊はどこか別の場所に行っていた可能性もある。
その店を出て、むっとする香港の外気に触れるとき、ぼくは安堵と同時にもの悲しくもなった。 辛気くさい女ではあったけれど、あの店は幽霊のおかげで人が寄ってくるのだと、なぜかはわからないけれどわかるのだ。
だのにその女は、幽霊がゆえに無視をされ、せっかく呼び込んだお客たちからはお世辞のヒトコトもない。 生前もひかえ目な性格だったのだろうその幽霊がすることといえば、そのか細く透けた手を汗ばむ男たちの肩にはわせ、くびすじに不意打ちの鳥肌をつくらせるだけなのだ。 女の霊のもくろみは的中し、無意識に首に手をやるお客たちを、それぞれに見ることができた。
いまもあの店があるかどうかは知らないし、女がまだそこにいるかどうかもわからない、そしてどうしてこんな記憶がいまになって呼び起こされたのかについては、
さらによくわからない
幽霊って、何度見てもコワイもの。 「しょっちゅう見てるからもう怖くないでしょ?」などと友人達はいうけれど、そんなにしょっちゅうは見ないし、霊感もそれほど強くはないです。 ただ、小さい子供や動物が寄ってくる体質なので、霊も同じなのかな?と。 ああ、それにしても日曜日のこの時間にはずします、人気blogランキング。 あと少しですがぽちっと押してもらえるといい想い出になります。
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