外国人に日本語を教えるときに、いつも困る単語があります。 日本人なら3歳の子供だって知っている言葉だし、日常会話の中でもふんだんに出てくる言葉。
それは、「偉い」 という日本語
とはいってもぼくは日本語教師ではないから、日本語を勉強しているかつての同僚や部下に 「日本のビジネス慣習」 としてアドバイスする程度のもの。
ドイツや香港で仕事をしていたときのこと。 例えば、取引先(大手日本企業)本社から本部長クラスの人間がやってきたとします。 これを迎える駐在員、ここぞとばかりにこびを売ろうと、始終ぺこぺこしている。 ぼくにとっては見慣れた光景も、外国人である同僚やスタッフには事情がよくわからない。
「ホンブチョー ・・・ 、エライヒト ?」
と、ドイツ人の同僚が訊く。
「そう、”エライヒト” なんだ」
と、ぼくは答える。
リスペクトがあることを前提に、偉い人かどうかを判断しようとする外国人達に、日本語の「エライヒト」 はとても訳しにくい言葉です。
外国人、特に欧米人は 「リスペクト」 という言葉をとても大事にします。 そして、リスペクトのない人間は、どんなに地位の高いヒトであっても認めない。 ていうか、地位が高くあり続けられないですね。 日本では、リスペクト(respect) のことを、「尊敬する」 とか 「尊重する」 などと教えられているけど、実はぴったりあてはまる日本語がない、とぼくは思います。 (ちなみにドイツ語は “Respekt”。 英語とは “c” と “k”が違うだけで意味も発音も全く同じ 「リスペクト」 です)
「相手をリスペクトする」 というのは、人間関係のもっとも基幹的なこと。 でも、日本語で定義しようとするとややこしいです。 ”尊敬”というのもおおげさだし、”尊重”というとなんだか 「基本的人権は認めましょう」 的なニュアンスになる。
「それぞれの立場があるから相手と自分は意見は違うかもしれないけれど、前提としては同じ価値観を持つ人間どうしです」 とでもいったらいいのかな? ああ、やっぱりうまくいえない・・・。 やっぱりリスペクトはリスペクト、ということにしておきましょう。
ちょっと余談になるけど、例のイラク戦争。 アメリカがイラクに戦争を仕掛けようとしたとき、日本はすぐにこれを支持しましたよね? だけど、フランスやドイツは不支持表明。 それによってアメリカとフランスはとても険悪になったけど、このときアメリカ人は小泉首相よりシラク大統領のほうをリスペクトしていたように思います。 そしてリスペクトがあるからまともに論争ができるのだと思う。 たとえ 「古い国、新しい国」 といった不毛な論争はあったにせよ、アメリカの知識人が小泉首相に対していうように、「あいつはブッシュの”ラップドッグ(膝の上の犬のこと)”だ」 などとはバカにされないですから。
取引先の本部長クラスの出張ともなれば、迎える方はそれなりに準備を整える。 訪問先でも相応の人物に出席してもらうよう手配をする。 大きな決済案件や契約更新など、話し合うべき数々の議題も用意される。
けれどもこの本部長、かといって現場で即断・決済するわけでもない。 話を聞くだけで発言も少ない。 そのわりには、お菓子やお茶などの「おみやげ」なんてのは用意してあったりする。 「菓子折を持ち込んで、議題を持ち帰る」わけです。 いうまでもないけど、こんなのわざわざ出張してくる意味がない。 出張に来なければ何社も巻き込んで大名行列をする必要もないのです。
こんなことをしていながら、一方で相手先に「もっと生産コストを下げろ」という。 こんだけ取引してやるんだから、それだけでありがたいと思えといわんばかり。 同行したぼくたちはようやく相手を説得し、しぶしぶ値下げに応じさせる。
自分たちのコストにはとことん甘いくせに、取引先のコストには厳しい。 一時的なビジネスは成り立つにせよ、こうした関係にリスペクトは生じません。
「日本製品はまだまだ値段が下がる余地があるね」
と、同僚はウインクを返すのでした。
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