「ギリシャ料理」 と聞いてピンとくる人はあまりいないかもしれない。 「ギリシャ料理? うん、美味しいよね。」と答える人はもっと少ないだろう。
ぼくもかつてはそうだったし、今だってギリシャ料理を求めて港区や渋谷区を徘徊するフリークでもない。 あれば食べるし、なくてもちっとも困らない。 そうでなくても、東京はその気になればどんな国の料理だって食べられる。 パキスタン料理だって、トルコ料理だって、チュニジア料理だって食べられる。 なにもギリシャ料理を選ぶ必然性なんてない。
香港に住んでいたとき、夕食をとろうとレストランを物色しながら、「久しぶりにギリシャ料理なんてどう?」 なんて連れに提案する。 連れはたいがい、「なにがひさしぶりだよ? それよりイタリアンにしない?」などと逆提案される。 もっともどうしてもギリシャ料理じゃなきゃダメというわけでもないし、もともとオシの強くないぼくは、「じゃ、イタリアンということで・・」となってしまう。 だいいちギリシャレストランの数が圧倒的に少ない。 「需要と供給」の関係もあり、味やサービスの割には割高だったりするのだろう。
まあそんなわけで、ここ7年間くらい、ギリシャ料理を口にしていない。 かつては、週に一度か二度は食べていたのに・・・
ギリシャ料理といっても、ムサカ(ギリシャ風グラタン)、スブラキ(肉や魚のプロシュート)、ビフテキ(本当にそう発音する。 でもビーフステーキではなくカッテージチーズ入りハンバーグのことをいう)、カラマーリ(イカリング)・・・などなど、当然ながらたくさん種類がある。 中でもポピュラーなのは「ギュロス」といって、トルコ料理でいうケバブのようなもの。 いや「ようなもの」どころじゃない。 ケバブそのものだ。 違いといえば使っている肉。 ケバブは羊で、ギュロスは豚肉。 見かけや調理方法は一卵性双生児並みに似てるけど、性格というか味はだいぶ違う。 日本にはトンカツはあってもラムカツはない。 牛丼の代わりに「豚丼」はアリでも「羊丼」はない。 だから羊を食べる習慣がそれほどない日本人ならば、本来ケバブよりはむしろギュロスのほうがヒットするはずだった、と個人的には思う。
ギュロス VS. ケバブ
それは単なる「近親相姦的料理対決」ではなくて、実は「歴史的民族的宗教的な対立」がその背景にある、といったら大げさだろうか? でもちゃんとそれはある。 さらにヨーロッパ全土、世界全土を巻き込むファーストフード対決に発展する可能性だってあるのだ。
ギリシャ人とトルコ人は民族的に仲が悪いけれど、これは何千年にもわたる歴史的産物でもある。 キプロス問題は今なお現在進行形だし、ひいてはヨーロッパ文明対アジア文明、キリスト教(ギリシャ正教)対イスラム教という、世界民族対立の縮図のようなものもそこにある。 それに比べれば、日韓の対立なんて兄弟げんか並みにマキバ的だ。
80年代のドイツはどちらかというとギュロスがほうがメジャーだった。 ぼくが初めてギュロスを口にしたのは84年。 このころのドイツは至る所に簡易ギュロス屋(IMBIS)があった。 ギリシャレストランも、日本の中華料理屋並みにあった。 事のところ、ドイツ人は日本人がラーメンを食べるくらい頻繁にギュロスを食べてるんじゃないかと思う。
それが1990年東ドイツ消滅後は、いっきにケバブがメジャーに台頭してきた。 なぜか?
悲願の民族統一後は、外国人労働者を排斥する運動が活発になったからだ。 ネオナチ(そのほとんどが東独出身)も、にわかに勢力を増してきた。
近くの町では 「トルコ人一家焼き討ち事件」なんてのもあった。 ドイツ人にとって見れば、ギリシャ人もトルコ人も、等しく自分たちの職を奪う憎むべき外国人労働者。 けれどもドイツ人はギリシャ人には寛大だった。 なぜならギリシャこそが人類の発祥の地であり、古代ギリシャ人の末裔はドイツ人だと信じている節があるからだ。 加えてローマンカソリックとギリシャ正教と宗派は違えど、イスラム教のトルコよりはキリスト教であるギリシャに思い入れがある。 こうして、結果的に会社を石もって追われたトルコ人達にとっては、「貧しい本国に戻る」か、「ドイツに留まってケバブ屋でも始めるか」の選択しかなかった。 元共産党幹部の東ドイツ人は屋台ソーセージ屋を始め、トルコ人はケバブ屋を始める。 ベルリンの壁の崩壊はこんなところにも影響した。
2000年にぼくがドイツをあとにする頃には、ギュロスとケバブは半々。 今では、ケバブのほうがメジャーになっているかもしれない。
他のヨーロッパに目を転じてみれば、英国・ベルギー・イタリア・スペインはケバブ、ドイツ・フランス・オランダはギュロスといった感じだろうか? ケバブとギュロスの勢力範囲は、いくぶん移民に影響しているようだ。
じゃあ、日本ではどっちがメジャーか?
これはいうまでもなく、「ケバブ」が圧倒的だろう。 在日外国人数からみても、「ケバブ常食人口」である在日イラン人やトルコ人の総計は、在日ギリシャ人を数で圧倒する。 試しにGOOGLE(日本語版)でチェックしてみると、「ケバブ」でのヒットは18600件。 対して「ギュロス」は171件。 しかも「ギュロス」のほうは、アルギュロスだのプセウダルギュロスだのと、古代や中世の歴史的人物の名前がヒットしていたりする。 さらにトルコは親日的ということもあって、日本人にはウケがいい。
ぼく個人的には、ラムよりポークが好きなので、もちろん「ギュロス派」。 結婚時代はギリシャ人に遠い親戚がいた理由もあって親近感もひとしお。 同様にドイツ人はもちろん、リトアニア人や英国人の親戚もいた。 それが離婚と共にもとの赤の他人。 話は脱線しちゃうけど、つくづく「結婚」及び「離婚」というのはすでに当事者だけの問題ではないんですね。
とはいっても、ギュロスでもケバブでも、美味しければどっちでもいいんだけどね。 そういう意味でも、「宗教による食事制限のない日本」ってのはいい国だなあ、ってあらためて思う。
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